彼女を10日でオトします
「キョン……泣いてるの?」

 俺の問いかけは、沈黙のどんよりした空気の中に溶けて、消えてしまったかのようで。
 キョンは、何も答えなかった。

 トイレの壁に耳をつけると、微かに鼻をすする音が聞こえた。

 途端、俺の中で何かがぶっ飛んだ。電気系統でいったら、たぶんヒューズのようなものが。

 もう一度キョンの美しい涙が見たい、という残酷で素直な衝動。
 このまま、ひとりっきりで泣かせてはいけないという心の底から沸き上がる強い意志みたいなもの。

 その二つがぶつかり合って……。

 脳内、記憶の見出しの中から『鍵』のインデックスを見つけ、引き出しを開け、候補をいくつか取り出し、キョンが篭っているトイレの『鍵』と照らし合わせた。

 これだ!!

 このトイレの鍵は、片面のノブに90°回転式のツマミがついているタイプ。

 鍵穴は無く、その代わりに、5×10㍉程の窪みがある。

 俺はケツポケットから財布を取り出し、10円玉を一枚。その窪みに這わせた。

 無意識のうちの出来事。記憶を無意識に引き出すのは、俺にとって初めてのことだった。
 
「キョン、開けるよ」

「え……」

 キョンの小さな声を同意とみなして、10円玉を90°ひねった。

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