私と結婚しませんか
#18 忘れさせてあげる
第十八話『忘れさせてあげる』


◯ホテル、バー(夜)

   蒼と坂元、カウンターで酒を飲む。

坂元「また会ってくれて嬉しい」
蒼「……え?」
坂元「蒼への僕のアプローチ、重かったろ」
蒼「重くないよ。ただ。坂元くんと再会したばかりであんなことになって、戸惑ってる」
坂元「秀太郎でいい」
蒼「……秀太郎」
坂元「恋に落ちるのに時間なんて関係がないと思わない?」

   蒼、俯く。

坂元「ニュースのことやっぱり気にしてる?」
蒼「最初は平気って思ってた。だけど、怖いね。知らない人に悪く言われるのって」

   坂元、蒼の手を握る。

坂元「守るよ。僕が蒼を」
蒼「……ありがとう」
坂元「上に部屋をとった」
蒼「!」
坂元「夜景が綺麗らしいんだ。そこで飲み直そう。嫌なこと全部、忘れさせてあげる」

   坂元、優しく微笑む。
   蒼、坂元を見つめる。

蒼M「今日ほど誰かを信じられないと思ったことはない」


◯(回想)蒼マンション

   T「十時間前」

蒼「坂元くんと。ホテル行った」

   蒼と木崎、無言で見つめ合う。

木崎「話せること、話してくれないか」

   木崎、落ち着いて問いかける。

蒼「……責めないの? 桂さんのこと好きなのに流されたりして、幻滅したんじゃない?」

   木崎、苦笑い。

木崎「感情的になっていたかもしれない。あの男に出会ってなければ」
蒼「!」
木崎「アイツなら、オマエを責めるような真似。絶対にしない」
蒼「…………」
木崎「桂はな。俺にオマエを奪われるよりオマエが傷つくほうが嫌なんだとよ」
蒼「!!」

蒼M「待って。それじゃあ桂さんは、木崎くんの気持ちに気づいていて。それでもわたしの大切な友達だって言ってくれたの?」

   蒼、俯く。
   木崎、蒼の頭を撫でようとして、触れずに手を引っ込める。

蒼「どうしよう。木崎くん。わたし、桂さんが。……すごく好きだ」

   木崎、蒼に軽くチョップ。

木崎「知ってるよバーカ」

   蒼、顔を上げる。

木崎「考えることを放棄したらおしまいだ」

   蒼、頷く。

木崎「どこでメシ食った?」
蒼「こじんまりした創作居酒屋――“華(はな)”」

   木崎、携帯を取り出し操作。

蒼「坂元くんとわたしは個室で食事して……」
木崎「酒は。どのくらい飲んだ」
蒼「グラス二杯」
木崎「それだけか」
蒼「うん。話に夢中になってたのもあるし、終電に乗り遅れないようにローペースで飲んでた。でも。……意識が飛んで。目が覚めたらことのあと、だった」

蒼M「というよりは、急激に眠くなって――」

蒼(って、こんなの言い訳に聞こえるよね)

木崎「その酒の種類。覚えてるか」
蒼「一杯目はファジーネーブル。二杯目は、同じものをおかわりしようとしたら坂元くんがオススメのカクテルを頼んで。オリジナルって言ってた。ココナッツ味の――名前はわからない」

   木崎、眉をひそめる。

木崎「桂の持ってきたワインあったろ。あれはアルコール度数十五%前後――つまり一杯でビール二、三杯分のアルコールを含むそれをジュースのように飲んでいた吉岡が、居酒屋のカクテル二杯程度でダウンするようなカラダしてるとは考えにくい。いくら異なるカクテル胃の中で混ぜたからって、二杯で悪酔いした経験あるか?」
吉岡「……ない」
木崎「二杯目のカクテル、何色だった」
蒼(色?)
蒼「青がかった、白」
木崎「妙だな。サイトのメニュー見る限りには」

   木崎、携帯画面を見つめる。

木崎「オリジナルカクテルに青いものはない」
蒼「え?」
木崎「吉岡が飲んだっていうココナッツリキュールを使ってるオリジナルカクテルっていのはおそらく、これじゃないか? 牛乳をつかったやつだ。色は白」

   木崎、携帯画面を蒼に見せる。

蒼「たしかにグラスはこの細長いのだったけど。色が全然違う」
木崎「知ってるか。ココナッツリキュールは透明だ。それが青がかるということは、青いものが足されたってことになるだろ。例えばブルーキュラソーが代表的なリキュールだが。他にもう一つ、あるんだよ。“溶けると青くなるもん”が」
蒼「……溶けると青くなるもの?」
木崎「どうして青くなるかっていうと。悪用されないようになんだが」

蒼(!!)

蒼「それって……」
木崎「睡眠薬だ」

   蒼、目を見開く。

木崎「ぶっちゃけアイツと寝た記憶、どの程度ある」
蒼「なんにも覚えてない」
木崎「なんにも?」
蒼「初恋、だった」
木崎「!」
蒼「再会した坂元くんは、カッコよくて。そのうえ大崎航のファンで。一緒に過ごして楽しかった。でも。男女の関係になるつもり、微塵もなかった。連れて行きたい場所があるって言われたけど帰るって伝えた。なのに、目が覚めたらホテルで。わたしは裸で……」

   蒼、切羽詰まった表情を浮かべる。

蒼「何度も坂本くんのこと、名前で呼んで求めたって言われた。……嘘だと思いたい。だけど。愛し合った証拠だと胸元のキスマークを見せられて」
木崎「たしかに自分で自分の胸元にキスマークはつけられねえな」

   木崎、顎に手をあてる。

木崎「だけど。協力者がいたとしたら」
蒼「……?」
木崎「キスマークくらい偽装できる」
蒼「!!」
木崎「ひょっとすると。坂元の描いたシナリオ通りにことが進んでいるのかもしれない」

   蒼、震える。

木崎「アイツが、次の一手を考えてるなら」

   張り詰めた空気が流れる。

蒼(どうしよう。ホテルで写真とか撮られてたら)
木崎「こうはしていられねえな。仮にアイツが切り札を持っているなら下手に刺激しない方がいい」
蒼「…………」
木崎「慎重に動く必要がある」
蒼「わたしはなにをすればいい?」
木崎「安全なとこにいろ。俺が会ってくる」
蒼「ここにいろってこと?」
木崎「いいや。あの男の傍だ」
蒼「!!」
木崎「いいか、吉岡。桂に連絡をとれ」
蒼「……いやだ」
蒼(わたしが坂元くんとホテルに行った事実は消せない。どんな顔して会えばいいの)

   蒼、唇を噛みしめる。

木崎「自分のこと無駄に大好きで何しても許してくれそうな包容力さえあるってノロケてたのは。どこの誰だったかな」

蒼M「……!」

木崎「俺の知ってる桂恭一という男は。こんなとき、吉岡を見捨てるようなヤツじゃねーよ。もっとも。その程度の男だったら俺としては好都合だけどな」
蒼「……好都合?」
木崎「吉岡を桂から略奪する理由になる」
蒼「っ」
木崎「坂元から連絡きたら教えろ」

   蒼、覚悟を決めた顔をみせる。

蒼「わたしが話す」
木崎「は?」
蒼「わたしが、もう一度坂元くんと会う」

(回想終了)


◯ホテル、エレベーター(夜)

   坂元、蒼を先に乗せる。うしろから乗り込みボタンを押す。

蒼M「警戒心の強い木崎くんより、わたし相手の方が坂元くんも油断するはずだ。
 木崎くんには止められたけど。
 甘えてばかりいられない」

蒼(会話は録音してる。仮にまた眠らされても。その間に起きたことは音声として証拠が残る)

蒼M「暴いてみせる。坂元くんの、裏の顔を」


◯ホテル、廊下(夜)

   坂元、部屋の扉を開ける。蒼を中へエスコート。

蒼M「ごめん、木崎くん。極力二人きりになるのはやめろって言われてるけど。
 敵の懐に踏み込むよ」


◯ホテル、部屋(夜)

   窓からパノラマの夜景。

蒼「綺麗……!」

   蒼、ガラス越しに眺める。

蒼(こういう景色。桂さんと見たかったな)

坂元「蒼」
蒼「!」

   坂元、蒼を後ろから抱きしめる。

坂元「今夜は君の記憶が消えないうちに、愛し合いたいな」

   坂元、蒼の耳元で囁く。

坂元「大好きだよ」

蒼M「すごいや坂元くん。
 あなたといるとお姫様気分にさせられる。
 だけど、あなたの見せてくれる夢は。
 夢は夢でも――悪夢なんでしょう?」

坂元「シャワー。先に使いなよ」

蒼M「どうして気づかなかったんだろう。
 この男の笑顔に。言葉に。キスに。
 少しも気持ちが込められていないってことに」

蒼「……うん」
坂元「僕は一緒に入ってもいいけど」
蒼「っ、それは……恥ずかしいよ」
坂元「はは」


◯ホテル、風呂場(夜)

   蒼、シャワーを浴びる。

蒼(大丈夫。まだ、こっちの思惑には気づかれていない。
 坂元くんがシャワーしてるすきに決定的な証拠を見つけなきゃ)


◯ホテル、部屋(夜)

   蒼、バスローブで登場。

坂元「くつろいでてよ。欲しいものがあればルームサービスを頼んでいいし」
蒼「ここ。高そうだね?」
坂元「そういうことは気にしなくていいから」

   坂元、部屋から出ていく。
   蒼、立ち上がり部屋を見回したあと坂元の鞄を探る。

蒼M「これといって不審なものは入っていない……か」

蒼(食事代やホテル代をスマートに支払うのもそうだし。こんなところに泊まれるくらいだ。お金には困っていない。となると木崎くんのスキャンダルを追ったりわたしに近づく理由はなに?)

蒼M「ダメだ。全然わからない」

蒼(薬のひとつでも出てこれば……)

   蒼、坂元の携帯を手に取る。

蒼(やっぱりロックかかってるか。暗証番号さえわかれば中に決定的なモノがあるかもしれないのに)

蒼M「目的は、なんにせよ。
 このまま坂元くんの思い通りにさせてたまるか」

蒼(タブレットか携帯が怪しいけど。そこはさすがにノーガードってわけにはいかないか。物的証拠を見つけられないなら証言が欲しいところだな――)

坂元「勝手に人の携帯触るなんて悪趣味だね」
蒼「……!!」

蒼(っ、しまった)

坂元「うっかり部屋に忘れ物をして取りに来たんだけど。嫌なもの見ちゃったな」

蒼(うっかりなわけない。扉の開く音も足元もしなかった。気配を消して近づいてきたんだ)

坂元「もしかして、僕に女の影でも感じた?」

蒼M「目が。笑っていない」

蒼「ごめんなさい」
坂元「さて。なにに対しての“ごめんなさい”かな」

蒼M「怖い」

坂元「ロック解いてほしいなら解こうか。呆れるほどに仕事の連絡しかないから。君との連絡を除けば」

蒼(見られちゃマズい写真や通話履歴は、すべて端末から消去済みということ? それとも、もう一台持っていて、そっちは身につけているとか。既に他の場所にバックアップとられてるかもしれない)

坂元「悪い子には。お仕置きをしなきゃ」
蒼「え……」

   坂元、蒼の両手首を掴みネクタイでうしろに縛る。

蒼「なにするの?」
坂元「こうするんだ」

   坂元、蒼をソファに突き飛ばす。
   坂元、蒼の鞄からスマホを取り出す。音声録音アプリ(起動中)をストップさせる。

   (画面)
   録音を保存しますか?
   (“いいえ”選択)

坂元「削除」

   坂元、蒼のスマホの電源を切り、投げ捨てる。

坂元「小賢しい」
蒼「ほどいて!」
坂元「僕はね、吉岡さん。大切なものほど傷つけたくなるんだ」
蒼「!?」
坂元「中学三年の、春。恋人だと思っていた人に恋人がいると告げられた」
蒼「……二股されてたの?」
坂元「というよりは。僕は浮気相手にされていた。それを知った僕は、愛し合っている最中に、そいつを刺した」
蒼「……!!」
坂元「どうしてそんなことしたか。君ならわかるんじゃない?」

蒼M「……殺すため?
 愛情が憎しみとなった。
 いや、ちがう。おそらくは――」

蒼「殺意はなかった。裏切られても好きだったから、刺したんだ。そうすれば身体の刺し傷を見るたびに。誰かと愛し合うたびに――坂元くんのことを相手が思い出す」
坂元「大正解。さすが、吉岡さん」

蒼M「狂ってる」

坂元「父さんは、事件が明るみにならないよう手を尽くしてくれた」
蒼「隠蔽したの?」
坂元「親心さ。相手は僕の家庭教師をしていた大学生で、責任は当然向こう側にあったわけだから。示談で済ませるのが互いにとって一番だった。僕は守られた」
蒼(守られた? 本当に?)
坂元「こんな昔話。退屈だったかな」

   坂元、微笑。

蒼「よくわかった」
坂元「なにが?」
蒼「坂元くんは、自分の欲望を満たすためなら。わたしを薬で眠らせホテルに連れ込むくらいで良心が傷まないってことが」

   坂元、真顔になる。

坂元「なんだ。バレてたんだ。思ったよりもバカじゃないんだね。気づかれてないと思ったのに。待てよ。ひょっとして、木崎の入れ知恵か?」
蒼「…………」
坂元「へえ。アイツ、君の味方してるのか。それは想定外だな。僕と君が愛し合ったと知れば感情に流されて、二人の関係には亀裂が入り。君は僕を頼るしかなくなり。修復不可能にまで持っていける予定だったんだけど」

蒼M「修復不可能?」

蒼(なんのために……)

蒼「もしかして。坂元くんが傷つけたい大切なものって――」
坂元「おしゃべりは、ここまでだ」

蒼「!!」

   坂元、蒼のバスローブの紐をとく。

坂元「シンデレラ気分でいればよかったものを」

   坂元、携帯カメラを起動。

蒼「やっ……」
坂元「いいね。僕に夢中になってる君を動画におさめるよりも。僕に無理矢理されてる雰囲気が滲み出てる方が使える」

蒼M「使える?」

蒼(なにに?)

坂元「君に特段恨みはないんだけど。君には墜ちるところまで墜ちてもらうよ」

   (フラッシュ)
   ×  ×  ×

   小学校、教室。休み時間。

   蒼、一人で黒板を消す。
   坂元、黒板消しを手伝う。

蒼「いいよ、坂元くん。わたしの仕事だから」
坂元「ずっと一人で日直してるよね。山口は?」
蒼「多分、木崎くんたちと。サッカーかな」
坂元「なら半分僕が消す」
蒼「ごめん」
坂元「謝ることないさ。僕が好きでやってるんだから」
蒼「(照れ顔)……っ、ありがとう」
坂元「(微笑み)どういたしまして」
    ×  ×  ×


蒼「好きだったのに。あなたの優しいところ」

   蒼、涙目で坂元を見上げる。

蒼「あの頃わたしにかまってくれたのは。惨めなクラスメイトをかまって自分に酔っていた? それとも。周りからの評価を上げるため?」
坂元「両方かな。あんまり覚えてないけど、それ以外にかまう理由なかったと思うし」
蒼「……っ、そうやって昔から人間を駒のように扱ってきたあなたは。今もまたわたしを駒扱いして、こんなことしてる」
坂元「当然だろう? 君は誰かの駒になる人間で。僕はそんな利用されるしか能がない連中を手のひらで転がす人間。そんなことは生まれたときから決まっている」

蒼M「絶望感が押し寄せてくると同時に、このひとが、可哀相だと思った」

蒼(小学生のときからそんな考え方するなんて普通じゃない)

蒼「……嘘つき」

   坂元、眉間にシワをよせる。

蒼M「恨んでない、なんて。嘘だ」

蒼「坂元くんは。わたしが憎いんじゃない?」
坂元「僕が君を? なぜ」

蒼M「わかったかもしれない」

蒼「いいの? こんなことして。未来、台無しになっちゃうよ」
坂元「脅してるつもり? 僕を訴えてもいいが恥をかくのは君だ」
蒼「悪いことしてるのは坂元くんなのに?」
坂元「騒ぐなら、君には僕のストーカーになってもらう。すべては君の被害妄想さ」
蒼「それが坂元くんの描いたシナリオの結末だっていうの?」
坂元「はは。傑作だろ」

蒼M「坂元くんがこうなったのは――」

蒼「大崎航をこえたいの?」
坂元「!」
蒼「でも。残念」

蒼M「あなたのシナリオは既に破綻してる」

蒼「坂元くんは、木崎くんに勝てない」

   坂元、目を見開く。


蒼M「ここでの会話は、このホテルの別室で待機してる木崎くんに筒抜けだ。
 録音も、されている。
 わたしの携帯で録音してるのがバレても問題ない。むしろあれはフェイクだ。
 わたしの携帯の電源を切ったことで油断しきった坂元くんは、まんまと紳士の仮面を剥いだ」

   部屋に隠された小型ボイスレコーダー×2

蒼M「坂元くんの本性は明らかになった。あとは仕込んだレコーダーをタイミングをみて回収すればいい」

蒼「大切なら。傷つけずに守りなよ」
坂元「…………」
蒼「壊れたあとで後悔してほしくない」
坂元「煩い」
蒼「坂元くんってさ。他人には厳しいのに自分に甘いんだね。そういうところ。木崎くんと大違い。木崎くんは、自分にすごく厳しいんだから」
坂元「黙れ」

   坂元、手を振り上げる。
   蒼、目を瞑る。
   桂、坂元の手を掴む。蒼から坂元を離し蒼の前に立つ。
   蒼、目を見開く。

桂「ルームサービスのお時間です」


(第十八話 おわり)
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