冴えない私の周りは主役級ばかり~雫の恋愛行進曲〜
「な、ななな何やってんの蓮!」

 慌てて二つのカップを乗せたお盆を机に置いた。

「別に何もやってないけど?」

 蓮は何食わぬ顔でそう言った。彼はベッドに横たわっている。

 イヤイヤイヤ。あんた、ピチピチのJKのベッドに寝転びながら、よくもそんな水に浸す前の乾燥ワカメみたいな態度とれるわね。小さい事じゃ無いよ。水に浸したらボリューム出る事だよ。

「そこわたしのベッドなんだけど……」

「あー、でも、雫の家に来る前に風呂入ってきたから汚くないぞ」

 そう言う事じゃねーよ! そこはわたしが365日睡眠を貪る聖域。匂いなんかも気になる。

 ……臭く無いよね。ミルクの石鹸使っているし。

 それに風呂に入って来たって何? アピール?  まさか誘ってるの? 飛び込んじゃうよ。ダイブしちゃうよ。

 ダメだ理性を保て、一喜一憂しないと、さっき決めたばかりだろ。

 一階には、わたしと蓮のマミーがいる。その状況でのお誘いなどあり得ない。

 だが添い寝ぐらいなら……。

 いや、願望は捨てろ。それに元よりそんな勇気は持ち合わせていない。

「まあ、いいよ。紅茶ここに置いとくよ」

「サンキュー」

「って蓮! 何、人の枕に顔埋めてんのよー!」

 もう止まんないよ。止められないよ。この世にある大抵のものは、急には止められ無いんだからね。

「何か、いい匂いするな」

 そう言って蓮は笑顔を覗かせた。

 わたしは理性の壁を破壊して、横断歩道を渡ろうとしたその時、赤信号が灯された。
 携帯電話が鳴ったのだ。

 紅茶の入ったカップを勉強机に移し、携帯電話を手に取る。

「森さんからだ」

 森さん、とは、同じクラスの隣席に座る女の子だ。腹痛事件をきっかけに仲良しになった。

『ハロー森さん。どうしたのこんな時間に?』

『明日、クラスのバーベキューだけど、一緒に行かない?』

『うん。分かった。じゃあ9時に神前駅に集合でいい?』

『うん。いいけど……何か早く電話終わらそうとしてる?』

『えっ! 全然そんなことないよ。ちょっと立て込んでてさ』

『そうだったんだ。忙しい時にゴメンね。それじゃー明日』

 ものの一分程で電話を終えた。

 危ない。危ない。出来立てホヤホヤの友達を危うく失うところだった。今は一分一秒貴重な時間とはいえ、急ぎ過ぎたようだ。

「そうだ、蓮ってクラスのバーベキュー参加しないんだよね?」

「……」

 返事がない。

 ふと横を見ると、蓮は漫画に集中しているようだ。わたしが中古で全巻買いした少女漫画だ。それにしてもJKの部屋に遊びに来て、漫画を読みだすとか酷いんだけど。

 しかし読みふけっている本を取り上げるのも心苦しい。どうせ直ぐに飽きるだろうと泳がせることにした。

 わたしは勉強机に置いてあるノートパソコンを起動させ、小説執筆の続きに取り掛かった。



(2)

 随分と小説を書けた。二千文字書けた。時間にして一時間半。これというのも蓮のお陰だろう。彼が静かにしててくれたからだ。

「って寝てるじゃん!」

 いつのまにか蓮は眠りに落ちていた。

 無意識な沈黙がわたしを冷静にさせる。

 彼の眠るベッド脇まで、足音を立てずに慎重に歩み寄った。

「可愛いかも」

 無防備な蓮の寝顔は可愛かった。カッコいい蓮も良いが、こっちも悪くない。

 時計の針がこだまする中、飽きる事なく寝顔の鑑賞に興じる。

 すると心の中に潜む悪魔が声を掛けてきた。

 それはロイズのチョコレートバーのように甘味に満ちていて誘惑的だ。

(寝てるうちにキスしちゃおうよ)

 その声にハッとなった。相手は無防備。わたしがその気になれば簡単に事は済む。

 目線が自然と彼の口元へと焦点をあてる。

「いや! ダメだダメだ。ファーストキスは受け身が理想」

 キッパリと悪魔に断った。

 だが彼女も諦めない。わたしの脳内に軽快なフットワークで揺さぶりを掛けてくる。

(本当にそれでいいの? こんなチャンスもう無いよ。蓮のこと好きじゃないの?)

「好きだよ! ……でも、寝ている相手に一方的にするのも卑怯だよね」

(卑怯じゃないよ。異性の部屋に来て眠るなんて、オッケーサインと見なすべきだよ)

 確かに言われてみればその通りだ。

 年頃の異性の部屋にやって来て、無防備に寝るなんて何されても文句は言えまい。それに蓮はわたしのベッドで寝ている。責任は彼にもある。

 わたしは決心を固めた。

(早くしなよ。蓮が起きちゃうよ)

「うるさいなー! 分かってるって。急かさないでよね」

 意を決して顔を近づけていく。
 彼の息遣いが分かるほどの距離だ。

 しかし、それ以上進むことが出来ない。バクバクと暴れる心臓を左手で抑え込む。

「やっぱりダメだ。これ以上近づくと心臓の音で起きてしまう」

「相変わらずチキンね」

 チキンで結構。わたしの大事なファーストキッスは取っておくことにしとくよ。

 ––––––––待って! 今、本当に声がしたような……。

 背後から発せられた声に気付き、後ろを振り返った。
 
「マミー‼︎」

 心臓が飛び出る程の驚きと共に、蓮から飛び離れた。

「お母さんいつからそこに居たの!」

「何時って、蓮くんが寝てる隙に唇を奪おうと、雫が右往左往としてた時ぐらいからだけど」

 ぜ、全部見られて……た。

「……ん? あれ? オレいつのまにか寝た?」

「お、おはよう。蓮くん。お母さん帰るって」

「あっ、じゃあオレも帰ります。じゃあな雫」

「……」

「おいっ、雫? なに固まってんだ?」

「いいのよ蓮くん。そっとして置いてあげて」

 フリーズしたわたしを余所に、怪訝な表情を浮かべる蓮と、わたしの爆弾クラスの弱味を握った母は部屋を後にしたのだった。

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