恋愛暴君のきみは、ときどき甘い
忘れられない人



「―――め?……なつめ!おいこら、聞いてんのか笹原棗(ささはらなつめ)!」


自分の名前を呼ぶ声にはっとして、慌てて顔を上げる。

急に戻ってきた昼休みの教室の喧騒に、「へっ?!」と上ずった声を出せば。


「どうした棗?」


しかめっ面の里奈が顔を覗き込んでいた。

どうやらさっきから何度も呼ばれていたらしい。


「あ、いや……それより、何の話だっけ?」


固まってしまった表情をやわらげ、私は首を傾げる。

そうすれば、頬を膨らませた里奈がファッション雑誌の表紙をバシバシと叩きながら口を尖らせた。


「もー、今日の帰りにショッピング行こうって話」

「あ、ああ、そうだった。うん、いいよ、行こう」


そういえば、昨日発売日だった雑誌を里奈と見てて、可愛いワンピースがあったから見に行きたいねって話してたんだっけ。


流行の物や話が好きな里奈こと浜辺里奈(はまべりな)は、高校に入ってから仲良くなった友達だ。

好みの服を見つけると、実物を手に取って見てみないと気が済まないらしい。


かといって、衝動的に買うということはせず、見るだけで終わることも少なくないし、オシャレをすることが好きだけれど、学校のある日は派手なメイクをしたりネイルをすることもなく、意外と真面目だ。

パッチリ二重で、自然なウェーブのかかった髪を揺らし、おまけにスタイルまで良い。

周りの男子が放っておかないくらいのそんなパーフェクトな容姿をしているにも関わらず、昼休みになると豪快にお菓子の袋を開けては幸せそうに頬張っているアンバランスさ。

オシャレが好きだけど真面目。
可愛いのにガサツ。

ギャップと言えば聞こえは良いけれど、狙ってやっているわけではなく素でこれなのだ。

里奈のそんな気取っていない性格が私は好き。

好きだけど……。


ちらり、机の上に無造作に置かれた雑誌に視線をやる。

表紙の隅に小さく書かれた特集記事のタイトルに、思わず一瞬フリーズしていましたなんて、里奈には口が裂けても言えっこない。

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