対立相手が婚約者。それって何かの冗談ですか?
思い出せはしないが、話を聞いていると、自分がそんなことをしそうだとも思った。

行き過ぎた人助けをしてしまうほどお人好しな両親を持つ恵巳は、反射的に人助けをしてしまうまでに育てられてきたのだ。

「あの様子だと人助けなんて日常的におこなっているように見えました。
覚えていなくても当然です」

記憶にないことを若干申し訳なくも思ったが、自分でも覚えていないようなことが誰かの目に留まり、それを褒められるなんて、なんだかくすぐったい気持ちになった。

「僕のことを好きになってくれませんか?」

まっすぐに見つめられるその瞳に嘘はない。今までに幾度となく呈示されたその申し出に、何度も即答してきたが、今回はいつもと違った。少し黙って、返事をする。

「もう、なってますよ」

波と花火にかき消されてもおかしくない小さな返事を、拡樹は逃すことはなかった。

「今、なんて?
ねぇ、もう一回言ってください」

「嫌です!言いません!」

「言うまでお願いし続けますよ」

そんな子どもっぽいことを言う婚約者に観念したのか、拡樹を見上げた恵巳。

「好きです。拡樹さんを、好きになりました」

「これはもう、浮かれてもいいんですよね?期待してもいいんですよね?」

そう言った拡樹の手が、恵巳の頬に添えられる。
どちらからともなく目を閉じると、ゆっくりと2人の距離がなくなっていく。

頭上では大きく花火が開き、儚い光が重なり合った横顔を照らす。
ずっと触れていたいと思うほど、その口付けは甘くて優しいものだった。
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