対立相手が婚約者。それって何かの冗談ですか?
「ス、ストップ!話します、話せばいいんですよね」

「僕は無理に話してもらわなくてもいいんですよ」

「話させてください」

「仕方ありません。この続きはまた後程」

交際が始まってからというもの、日を追うごとに大胆になってくる拡樹のアプローチ。恵巳がどれだけ防御しようと無駄な努力に終わっていた。

閉館しているとはいえ、受付で手を出されるわけにはいかない恵巳は、過剰なスキンシップを求めてくる拡樹を押し退け、今行っている仕事について話をした。

「和歌の世界を敷居が高いんじゃないかと思っている人も多いんじゃないかと思うんです。

だからもう少しとっつきやすくしたいんです。和歌に馴染みがある人にも楽しめて、和歌なんてよくわからないって人にも親しみを持ってもらいたい。」

「中学、高校の古典でも和歌には触れますが、だからこそ勉強というイメージが強いんですよね。
でも、一度興味を持たせることさえできてしまえば、継続的な来館が期待できると思いますよ。
それだけの魅力があります」

「まずは、企画を何か考えなくちゃいけないんですよね…」

何か思い浮かばなかと、受付を抜け出して和歌を前に考え込む。

「恵巳さんが一番好きな歌って、どれですか?」

「私が好きなのは…、今は、これですかね」

恵巳が選んだのは、大会で詠まれたであろう歌。

「身分の高いあの方のことを、思ってしまったのが間違いでした。誰に聞かれても否定し続けたこの思いは私を侵食し、心配されてしまうほどに何も手につかなくなってしまいました。それでも私は、誰に何を聞かれても、気の素振りで返すしかないのです」

そう、歌の意味を伝えたあとで、自分なりの解釈を加える。
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