銀のナイフと薬を手にして


金曜日の夜に、中岡さんから電話がかかってきた。
「日曜日、江ノ島あたりにドライブ行きませんか?桜見て、生しらす丼食べたいと思って」
「生しらす?」
と首を傾げると、禁漁の時期が終わったから、という答えが返ってきて、ちょっと笑った。美味しいもの好きの中岡さんの四季は食べ物で巡っている。

「行きたいけど、休日出勤なんです」
足の爪に塗ったばかりの水色のネイルを見ながら、答えると
「また?」
驚いたように返されて、軽く口ごもる。仕事ばかりで可愛げがないと思われただろうか、と心配になっていたら

「就労時間、法に触れてないか?」
と冗談めかして訊かれたので、安心した
「その代わり、月曜日は休みだから」
「おお、そうか。じゃあ、僕も休み取ろうかな。有給もたっぷりあるし」
「え?」
「迷惑じゃなければ、平日の江ノ島。その方が空いてるだろうし」

じゃあぜひ、と答えた。電話を切って、スマートフォンをベッドの上にぽんと置く。ネイルの表面を撫でるとわずかに歪んだので、慌て指を離す。


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