仁瀬くんは壊れてる
「なんでわたし……のっ、」

 ふいに、話せなくなったのは。
 なにが起きたか理解が追いつかなかったから。

 理解したところでどうにもできない。

 強引に塞がれた、唇。
 逃げたくても逃してくれない。

 息が、苦しくなって。
 ガリッと噛んだのは――目の前の男の唇だった。

「痛いよ、花」

 仁瀬くんの口元に付着している、鮮血。
 わけがわからない。

 イヤだ。
 こんなこと、されるの。

 感情の起伏が激しくなるの。

 …………友達を、裏切るの。

「噛みつかれたのは。初めてだな」

 思考が停止する。
 真っ白になったのもあるし。

 なにも考えたくない、から。

 きっと考えたところでわからない。

 仁瀬巧を理解することができない。

「次は僕が花に噛みついていい?」
「いやだ」
「つけたいんだ。僕の痕」

 動けない。
 手足が、震えてくる。

「……なんで。キスなんか」
「生意気な花が可愛くて。つい」

 クスッと小さく笑うと
 わたしの首元に、唇を這わせる。

 生あたたかい。
 いやだ。やめて。離れてよ。

「泣いてるの?」

 ――――怖い。

「ははっ」

 なにが面白いの?
 どうして笑えるの?

「やっばいなあ」

 耳元に顔を近づけてくると。
 小さく、囁いたんだ。

「花は。泣き顔が可愛いね?」
< 26 / 136 >

この作品をシェア

pagetop