仁瀬くんは壊れてる
 またおかしなことを言われるんじゃないかと、警戒したら。

「君が僕に特別をくれることが。たまらなく嬉しいんだ」

 巧くんの口から出た言葉は、あまりにもキレイで。 
 それを疑うなんてことができなくて。

「泣き顔に限らず。花の特別が僕に向けられると、幸せになる」
「……幸せ、に?」
「愛してしまった。花のこと。どうしようもないくらい」

 このひとを一人にしちゃダメだって思った。

「花が同じクラスの男に泣かされていたとき。殺してやりたいくらい腹が立った」
 …………!
「花が僕以外の人間に傷つけられるのは。我慢できない。赦せないと思う」
「巧くんなら、わたしを傷つけてもかまわないってこと?」
「かまわないよ」
「なんで? わたし、悲しくて泣いてるんだよ。それなのに。可愛いとか言われるの、すごくいやだ」
「それでいい。僕を想って、苦しんで。僕のために、泣いて」
「それが。巧くんの幸せ?」
「僕の幸せは。君を、愛し続けること」

 めちゃくちゃなことを言われているのに。
 突き放す、という選択肢がわたしの中にないことに気づく。

 きっと、このひとを変えるのは難しい。
 だったらわたしが変わるしかない。

 変わるしかない、けど。

 巧くんの色に染められるのが、怖い。

 どんどん、わたしがわたしじゃなくなっていく。

 細身にみえて、たくましい胸。
 筋肉のついた男らしい腹筋。

 タオルを、そっと、あてる。
 一度拭いた面は折り返して内側にする。

「いっかい、洗ってくるね」

 綺麗にして、次は背中を拭こう。

「行かないで」

 腕を、力強く掴まれる。

「いたいよ、巧くん」
「花。ひとつになろう」
 ――――!?
「花の前では。僕は。みんなの望む僕にならなくていいんだよね?」
< 81 / 136 >

この作品をシェア

pagetop