偽婚
神藤さんは、もう何も言わない。



「どうせこの関係は、1年の約束だったでしょ? もう10ヵ月経ってるし、最初の予定では、そろそろ別居しててもいい頃だよね? 私は私なりに、義務は果たしたと思ってるんだけど」

「………」

「とにかく、そういうことだから、もうお金もいらないし、離婚発表でも何でも、あとはそっちで好きにして」


私は、身ひとつで席を立つ。

神藤さんは、私の方を見なかった。



「俺のこと、本当に、少しも好きじゃなかったのか」


好きだったよ。

好きだからこそ、別れを選んだんだよ。


でももうこれ以上、ひどいことは言えなかった。



「今日から彼のところで暮らすよ。荷物は昼間にでも取りにくるから。鍵とかも、今度ちゃんと返すね」


答えず、背を向ける。

引き留められることもないまま、私は部屋を出た。


エレベーターに乗ったところで、こらえきれなくなって涙が溢れ、マンションの外に出たところで、声を殺して泣いた。


きっと、これから永遠に、神藤さんは私を憎み続けるだろう。

だけど、それで神藤さんが幸せになれるならいい。



私の中に宿った命は、神藤さんとは無関係じゃなきゃダメなのだから。

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