偽婚

前へ



翌日から、私は梨乃の実家で働き始めた。



お弁当屋は、朝早くから仕込みをし、箱に詰めて、仕出しで配達する分と、店頭に並べる分を作る。

私の仕事は、兄嫁のユキさんと一緒に、店頭での売り子だった。


最初はわからないことも多かったが、梨乃の両親を始め、お兄さんもユキさんも、パートさんたちも、みんなが優しくしてくれた。



「杏奈ちゃんがきてから、サラリーマンさんが増えたねぇ。やっぱり美人がいると違うのかねぇ」

「ちょっと、それじゃあ私がブスみたいじゃないですかぁ、お義母さん」

「ユキちゃんは元ヤンだから、お客さんが怖がるんだよ」

「えー? もう更生したのにぃ」


笑いが起きる。

梨乃の母とユキさんは、何だか本物の親子みたいだった。



「仲いいですね」

「うん。実は私、施設育ちで親いないんだよね。だから結婚する時、お義母さんのこと、本当の母親のように思おうって決めたの」


その言葉で、ふと、神藤さんのお母様を思い出してしまう。


最後に会った時、旅行の約束したんだっけ。

思い出す度に、胸が痛くなってしまう。



「唐揚げ弁当ひとつ」


お客の声に、はっと我に返った。

何から何まで嘘だった私に、悲しむ資格などないのだから。

< 200 / 219 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop