偽婚
ため息混じりにネクタイを緩める神藤さんは、私よりも疲れて見えた。

何だか少し、可哀想に思えてくる。



「ねぇ、今さ、引っ越し蕎麦作ってんだけど、神藤さんも食べる?」

「は? お前、料理とかできるのか?」

「失礼なこと言わなくていいから、食べるか食べないか聞いてんだけど」


すごむ私に、神藤さんは不審がりながらも、「食う」とだけ、返してきた。


湯立った鍋に、麺をほぐし入れる。

神藤さんは、そんな私の様子を、キッチンカウンターの向こうから、不思議そうに眺めていた。



「まさか、その見た目で料理ができるなんて」


腹の立つ台詞は、聞き流しておくことにする。



「おばあちゃんがさぁ、お母さんみたいにならないようにって、私のこと厳しく育てたからさぁ。それで家事はひと通りね」

「へぇ。いいばあちゃんじゃん」

「あの頃は、怒られてばっかで、本気でクソババアだって思ってたけど、今は感謝してるよ。結局は中退しちゃったけど、高校生活だって楽しかったし」

「じゃあ、ちゃんと墓参りしとかないとな」

「でも大人になって偽装結婚したなんて知ったら、あの世でひっくり返るだろうけど」
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