偽婚
「こんなコーヒー飲めるなんて、幸せだなぁ」

「うちの店を訪れてくれる客にもそうやって喜んでもらいたいからこそ、俺はもっと頑張らなきゃと思ってる」


ずっと、神藤さんは、お金持ちの副社長で、私とは住む世界が違う人だと思っていた。

だけど、生まれや環境なんて、そんなの全然、関係なかった。


今、私の目の前にいる人は、祖父のコーヒーを愛している、ただの普通の男の人だ。



「神藤さんのその想い、きっとお客さんたちに伝わると思うよ」


私の言葉に、神藤さんはまた笑って見せた。



「ねぇ、また淹れてよ」

「気が向いたらな」


偽装結婚。

最初はどうなることかと思ったけど、私と神藤さんなら、なかなか上手くやれそうだ。


捨ててきたものに心を痛める瞬間もあるけれど、でもそれ以上に、今はこの生活を楽しみたいと、私は思った。

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