偽婚
全然覚えてない。

そんな私に、男は睨むような目で聞いてきた。



「お前、まさか犯罪者とか、家出人か何かか?」


確かに、病院に行きたくないと言えば、ワケアリだと思うだろうけど。



「そんなんじゃなくて。わかんないけど、多分、病院はお金がかかるから嫌だと思ったのかも」

「は? 病院代もないのかよ? お前、どんな生活してんだよ」

「いや、えっと、お金貯めたくて節約してて……」


自分の身の上のことを、あまり人に言いたくなかった。

でもこの状況では、言い訳するしかない。



「実は、住んでるアパートの耐震強度不足が発覚して、老朽化もあって取り壊すことが決まったから、早急に出て行かなきゃならなくなって。で、引っ越しの準備を進めてたんだけど、そんな時、カレシに貯金持ち逃げされちゃって」

「はぁ? それ、犯罪だろ。警察に言えよ」

「でも警察に言ったってお金が戻ってくるわけじゃないし。それより早く引っ越さなきゃ住むところがなくなるから、とにかく今は節約して引っ越し代だけでもどうにかしなきゃって」

「だからって、お前なぁ」


もごもごと言う私に、男は大きなため息を吐いた。



「風邪だってこじらせたら重篤な症状になるんだぞ。意地張らずに親にでも頼れよ」

「私、親いないの」
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