偽婚

旅行



春になった、ある日のこと。

物憂い顔で帰宅した神藤さんは、



「実は、少し困ったことになってな」


と、言って、スーツの胸ポケットから取り出したものを、私に差し出した。



「何これ?」

「旅行券だ。父に渡された」

「旅行!? 行きたい!」

「バカ。遠まわしに、早く子供作れよってことだろ」


なるほど。

でも私たちは偽装結婚なので、セックスどころかキスすらしたことのない関係だ。



「いいじゃん、行こうよ」

「お前は俺の話を聞いてたか?」

「だって、神藤さん、最近ずっと疲れた顔してたでしょ? 旅行でリフレッシュすればいいじゃん。それにさ、子供なんて授かりものなんだから、ヤリまくったけどできなかったって言えばよくない?」

「つまり、お前は、どうあっても旅行に行きたいわけだな?」

「だって、もったいないじゃん。無駄にするくらいなら、行って楽しんだ方がいいと思う」


私の言葉に、神藤さんは少しの後、諦めた顔で「わかったよ」と言った。

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