箱庭ガール
秋4
「俺は、花菜ちゃんが好きなんだ。この気持ちは本当で、からかってなんかいないよ」

「……」


 花菜はただ静かに頷くことしか出来なかった。


「よかった。今度はちゃんと伝わったよね。じゃあ、返事を待ってるから考えてみて」

「……うん、……分かった」

「じゃあ、また明日」


 雅喜の手がゆっくりと離される。
 少し硬くなっていた彼の表情に、華やかな笑みが戻った。

 駅にはもう人気はない。花菜は雅喜の背中を少し見送ると、自分の帰るべき道を歩き始めた。


「あ……」


 ふと顔を上げると、少し離れた電柱に、敦大が寄り掛かりながらこちらを見据えていた。
 彼は傘を二本持っている。いつから居たのだろうか。

 不意にどきりと鼓動が高鳴る。どうしてこんなに動揺するのだろうかと、ちらりと頭の片隅で考えた。


「あっくん……」

「雨が降りそうだったから来たんだけど……」


 少しだけ目にかかる前髪からは、強い眼差しが覗いていた。機嫌が悪いのだろうか。


「ありがとう」

「別に」


 敦大はそう言いながら花菜に傘を一本手渡すと、不機嫌そうな表情のまま自宅へと足を向けた。
 花菜もその後ろに付いて行くようにして歩き出す。

 敦大は大股でどんどん歩いて行ってしまうのだが、時々振り返っては花菜が追いつくのを待っていてくれた。


「ごめんね、遅くて」

「あんた、よくそれで電車に間に合ったな。凄い人だったんじゃないの?」

「あ、友達が手を引っ張ってってくれたから」

「……ふぅん。じゃあ……、」


 そう言うと、敦大が花菜に手を差し伸べた。
 その手は無理に彼女を掴もうとはせずに、すぐ近くまで伸べられているだけだ。

 真っ直ぐに向けられた敦大の視線に、花菜は吸い寄せられるような感覚を覚える。
 その表情から彼の胸中を察することは難しかった。


「何? 早く帰りたいんだけど」

「あ、ごめん!」


 花菜は慌てるようにして敦大の手を握る。
 敦大の視線が前方へ戻るのと同時に、彼の手にも力が入った。

 その瞬間、花菜の鼓動は不思議と速まる。

 どうしてだろう。雅喜のときには、こんなふうに心を揺さぶられるようなことなどなかったのに。

 敦大に手を引かれながら、早足で自宅への道を進んでいく。
 自宅の門を通ってログハウスの前まできたとき、ずっと黙っていた敦大が、こちらを振り返って口を開いた。


「あんたさ、こういう悪天候嫌いだよな」

「え? う、うん、まあ」

「じゃあ、俺そっちに居るから」

「あ、でも、平気――」
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