龍神愛詞
4・狙われた巫女の血
男はスーの身の上を淡々と話し始めた。
「スーの自分の親族からも周りの誰からも、酷い扱いを受けていました。」
酷い扱い?
「スーは自分の父親と再婚した義理の母親と、その連れ子の妹との4人暮らしでした。
スーの家は代々巫女の家系で、父親は数少ない純粋な呪術師の家系。
スーの亡くなった母親と父親が結ばれる事は皆の必然でした。
その間に産まれたスーは、今までにないほどの巫女の血を色濃く宿して産まれました。

祝福されて産まれてはきました。
でもみんなが欲しかったのはスー自身ではありませんでした。
その濃い血だけが、みんなが望むもの。
考えてみれば、顔合わせで龍王の下にいたあの1年ほどの時間。
あれがスーにとっては、一番幸せな時間だったのかもしれません。
人間界に戻ってきたスーを巡っての争いは、後を絶ちませんでした。
そんな中、スーを助け出そうとして母が亡くなったのです。」

龍は肉親が亡くなった時でさえ、気持ちを動かす事はない。
無関心で孤独で残酷な種族である。
だが人間は反対に感情豊かな生き物。
さぞ翡翠は心を痛めただろう。
それも自分のせいで亡くなったともなれば、なおさらだ。

「それから父親はスーに辛くあたる様になりました。
お前のせいで亡くなったのだと。
お前がいなければ、お前が産まれてこなければこんな事にはならなかったと。
まだ小さかったスーを責めました。
生きている事さえも否定されてしまったのです。
それからは前にも増して、違う者から狙われ奪われました。
そして何度も何度も、たくさんの龍や人の間を行ききしていたようです。」
翡翠も私同様、周りから自分自身を必要とされてこなかったのだな。
死なないように生かせれる。
そんな中にスーもただ存在していた。

ここ青龍の国は格式や身分を重んじる国。
私は幼き頃から、この国の歴史、学問、事細かに分かれた身分制度の仕組み。
そんな形式ばかりを覚え込まされて育った。
それをまた不満に思った事もなかった。
これが自分にする事。
やるべき事と教え込まれてきたのだから。
疑うことさえ知らなかったある日。
一人の人間の少女に出会う。

この青い龍の国には特別に大きな役割があった。
それは人間界と龍の国にまたがり、秩序を守るという仕事。
私はいつもの様に人間界の有力者の取り締まりをしていた。
そしてある事件で現場を抑える為に踏み込んだ先。
地下の牢で囚われの少女を見つけて保護した。
薄汚れて全身傷だらけの少女。
それがスーだった。
私はその少女と目を合わせた瞬間。
身体が今までに感じた事のない、熱を感じた。
そしてとっさに手を握っていた。
か弱きその人間の中にある、どんな者にも屈しない強さ。
その熱が私に伝染したかの様だった。
療養の為、病院に入院する事になった少女。
少女の事が気になって仕方がなかった。
だから仕事の合間の僅かな時間の全てをその少女と過ごした。

自分の存在の否定。
どこまでも追い詰められてしまった翡翠。
「初めてスーに会った時、抜け殻の様な姿でした。
それでも生きる為に生きようとしている瞳。
懸命に自分の運命に抗おうとする姿に魅了されました。

傷だらけの少女は、始めは警戒して言葉少なでした。
しかし慣れるに連れて、自分の事も少しずつ話してくれるようになりました。
感情を表してくれるようになったある日。
調べ上げられたその少女の悲惨過ぎる身の上。
感情というものがなかった私にも、変化が現れ始めました。
少女が笑えば自分の心は、ほんのりと暖かくなった。
少女が悲しそうに涙を浮かべれば、自分の心は苦しく痛く感じた。
ほんの一月、傷が癒えるまで一緒に過ごしました。
日に日に元気になっていくスー。
次第に本来の魅力を取り戻していきました。
最初は人間というだけで、毛嫌いしていた龍たち。
それがいつしかスーの笑顔に癒され、優しさに心穏やかにしました。

伝統や格式にがんじがらめの日々。
スーに会って、スーと話し、接する時間。
私にも心地よい安らぎを与えてくれました。
私に人間の様な優しい感情を教えてくれました。
いつしか私はスーに好意をもち始めていました。
・・・この少女と出来るならずっと一緒にいたい・・・
いつしか私はスーを自分の巫女にと考えるようになっていきました。

そして傷もすっかり治ったある日。
スーは父の呼び出しに促されて、家へ帰る事を告げられました。
自分が帰らないと家族が龍族に何をされるか分からないからと。
次に行く場所は何処なのか?
それさえもはっきりしないまま、一旦家族の下に戻される事になったのです。
スーの存在が人間たちだけでなく、龍族同士の間にまで広がった争奪戦。
自分一人の思いだけで、この国を争いに巻き込む訳にはいかなかった。
だからあの時大きな力を持つ龍族と、事を荒立てる事は出来なかった。
秩序を守るといいながら、結局は力ある者には従うしかなかった。
結局私はスーに何もしてあげれなかった。

そしてその想いも告げる事も出来なかった。
短い間だったが私に感情という、大事な物を心地よさを教えてくれた。
いつしか私にとってかけがえのない存在となっていた。
しかし現実はその大切な存在さえ守れない自分。
怒るという感情。
その熱すぎる感情。
これもスーが教えてくれた初めての感情だった。

あの時は本当に悔しかった。
私にもっと力があればと。
どんなに悔やんだ事か。 
蒼龍はぐっと唇に力を入れた。

蒼龍も私と同じ思いをしたのだな。
力がものを言う龍族の世界。
蒼龍にとっても覆せない力の足りなさ。
自分の弱さを悔いたのだろう。
大切な者を守れない自分の愚かさに悔いたのだろう。

「家へ帰る前日。
ここで暮らす最後の日。
別れの挨拶に来たスーは、心の奥底にずっと大切にしまっている思い。
生きる為の理由を教えてくれました。
これまでどんな事をされても、生きたいと思った理由。
それはあなたとの約束でした。
龍王が迎えに来てくれる事を。
その日の為に生きているのだと教えてくれました。
泣きながら、笑いながらスーは本当の気持ちを話してくれました。
巫女の血に翻弄されるスーが唯一見つけた希望。
それがあなたとの約束だったのです。
そしてこの場所を去った数日後。
スーの次の行き先が龍王の所だと報告を受けました。
龍族たちは、スーをあなたとの交渉の駒に使ったのです。
私はその時どんなに安心したか。
やっとスーに幸せが訪れたんだと思い喜びました。
スーが笑ってくれるなら、それでいいと。」

突然蒼龍の言葉が静かになる。
そして今まで我慢していた、先ほど抑え込んだ怒りが息を吹き返す。
「なのになぜ?
約束が叶ったのに、なぜ?
あなたの下に帰る事ができたのに。
どうして笑っていないんですか!!
スーの目はなぜあの時の様に、何も映さないでいるんですか!!
なぜ幸せになっていないんだ!!!!」

長い話しの最後。
蒼龍は私に怒りを想いのたけをぶつけてきた。
真剣に向き合うからこその言葉。
久しぶりに私を前にして、ぶつかってくる蒼龍を見た。
そしていつもなら込み上げる怒りの感情。
しかし今は、なぜか嬉しさを感じた。
孤独なこんな場所でも、翡翠には1人でも味方がいてくれた事。
それが嬉しかった。
龍王である私に真っ向から意見をしてくる蒼龍の姿。
他の者なら私の声を聞いただけで、震えあがって声さえも出せなくなる筈だ。
とても意見する事などありえない。
しかしそれを跳ね除ける、翡翠への真剣で真っ直ぐな気持ち。
辺りの空気を震わす程に伝わってくる強い怒り。

そして・・・。
何よりも。
スーが私との約束をずっと忘れずにいてくれていた事。
待っていてくれていた事に嬉しさを隠し切れなかった。
少なからずも翡翠は私に好意を持ってくれていた。
それが、私が求める気持ちなのかはまだ分からないが。
私の存在が翡翠の想いの深い所にある事が分かって嬉しかった。

怒りを露わにしても動じない私を見た蒼龍。
はっと急に気が付いた様に頭を下げた。
言い過ぎたと思ったのだろう。
怒りで我を忘れた事を後悔しているようだ。
蒼龍の真っ直ぐ気持ちは理解した。
しかしそれを認めるかは別の話しだ。
「スーは私の者だ。」
地を這うような低い声。
一声で頭を上げる事さえ出来ない。
反論を許さない力を見せつける。
その言葉の意味するもの。
ニ人の間に誰も立ち入る事を許さない。
断固とした意志が伝わってくる。

やっと取り戻したスー。
この為に、他の龍たちに力を誇示してきた。
力がものをいう世界。
だからこそ力で抵抗する考えさえも失くすほどの圧倒的な力。
私はそれを欲した。
誰もが恐怖で近づかず、孤独になってもその想いは変わらなかった。

肌が触れる感触。
自分の下にいる事を感じた。
腕の中に確かな温もりがある。
翡翠が自分の下にいる事に心から安堵する。
・・・誰にも渡しはしない。
・・・翡翠は永遠に私のものだ。
私は蒼龍に見せつけるように、額に一つ口付けをする。
これは独占欲と牽制。
私の者だという事実を認めさせる為の行動。
一言も発する事も身動ぐ事も出来ない状況。
力の差を見せ付ける。
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