愛しの彼はマダムキラー★11/3 全編公開しました★
第二章
○引き続き病室で

璃鈴がバッグから取り出した写真を、美海はまじまじと見つめている。
写っている男性は、どこかロビーような広いところに立ち止まって、腕時計を見ているようだった。
まとうイケメンな雰囲気が、写真から滲み出ている。
美海が知っている普通のビジネスマンに、こんなに素敵な人はいなかった。

美海「九頭身? もしかしてモデルさん?」
璃鈴「モデルじゃないわ。素敵でしょ? ファッション通販の『ファンTOWN』の運営している会社の社長。青年実業家ってやつね」

美海「え?! あの『ファンTOWN』の!?」
『ファンTOWN』といえば知らない若者はいない有名なファッション通販だ。
美海「どうりでかっこいい。でもこれじゃ顔がよくわからないよ? ふたりで撮った写真とかないの?」

璃鈴「それがね、あいつ、写真は嫌いだって一度も撮らせてくれなかったの」
美海「ふうーん」

璃鈴「見て! ここ」
突然そう言って、彼女が指を指すのは自分の目尻。

璃鈴「シワが出来たのよ!あいつのせいで」

あるのかもしれないが、少なくとも美海の目には目立ったシワは見えない。

美海「シワなんてある? ないない大丈夫だって」
璃鈴「あるの! こんなシワなかったの! 美海お願い! 協力してくれたら、慰謝料でもらった青山のマンションの一室、タダで貸してあげる。あんたが結婚するまで、ずっと。どうよ?悪くない条件でしょう?」

美海はゴクリと喉を鳴らす。
美海(今住んでいるアパートは、郊外なくせにボロだ。条件を飲めば、交通費も考えて月々五万円は浮くことになる)

一瞬、瞳が輝いた美海だが気を取り直す。
美海(タダより高いものはないと言うではないか)
自問自答で納得し、人知れずそっと頷いた。

璃鈴「ねー!お願いお願いよ!」

眉をひそめる美海を、ゆっさゆっさと揺さぶ璃鈴は必死の表情だ。

璃鈴「離婚までしたのに!酷いと思わない?」

美海(それ以前に夫がいる身で、他の男を好きになることが問題でしょうに)

とは思うものの、子供の頃から姉のように慕っている璃鈴の頼みである。
それでなくてもお人好しの美海は、熱意に押されて了解してしまうのであった。

美海「わ、わかった。わかったけど、何をしてらいいの?」

璃鈴「人妻のふりをして、彼に近づいて。彼には、私の他に何人も人妻の恋人がいるみたいなのよ。それを探ってほしいの。その彼女たちと一緒に、あいつをギャフンと言わせてやるわ!」

よほど悔しかったのか。
言いながら、璃鈴は悔しそうに拳を握り、唇を噛む。

美海「探るのはわかるけど、どうして私が人妻のふりをしなくちゃいけないの?」

璃鈴「彼は人妻に弱いからよ。人妻じゃなきゃ近づけないわ。あ、ちにみに、ここまでは調査済だから」

美海「調査って、え? もしかして探偵事務所とか?」
璃鈴「もちろんよ」

美海は驚愕する。
探偵に頼むなど、ドラマの中の話であって!今まで現実では聞いたことがない。

璃鈴「人妻の彼女たちと会っている証拠は掴んでいるわ。でもね、写真じゃインパクトにかけるのよ。人妻を口説く、まさに肉声がほしいわけ、わかる? それもあなたの使命よ」

美海「へ? でも、私が誘われるかなぁ? どう考えても誘われるとはおもえないけど?」

あまりに現実味のない話で、美海は首を傾げるばかりだ。

璃鈴「がんばりなさい。それが仕事なんだから。そうね。その間あなたが他のバイトをしないでも済むようにお小遣いもあげるわ」

美海「え?」

バイト代の他にお小遣いという言葉に、美海の心は揺れる。
その心の動きを見すかしたように、璃鈴はバッグから紙袋を取り出して、中身を確認した。

璃鈴「ちょうど二十万あるわ、これで一月くらい大丈夫でしょ?」

ひと月どころか、家賃なしで普段通りの地味な生活なら三月はいける。
美海、目を大きく見開きウンウンと大きく頷く。

璃鈴「よし、決まりね」
ニヤリと口元を歪めた璃鈴。


○マンションの前(昼)

一階にテナントが入っているマンション。
美海は、スーツケースを引いて、驚いた顔でマンションを見上げている。

服装は自分が持っている中で一番の装い、ワンピースを着てきた。
化粧もバッチリ、靴もヒール高めである。

美海「ここ?」

スマートホンに表示された地図と見比べながら間違ってはいないと納得するが、予想以上に豪華なマンションだ。
精一杯のおしゃれをしてきて良かったと、胸を撫で下ろす。


○(回想)ボロアパートの部屋(昼)

小さな台所、眉を潜めて腕を組んだ璃鈴が呆れたように溜息をつく。

璃鈴「それにしても、よくこんなところに住もうと思ったわね」

美海は、せっせとスーツケースに荷物を詰めている。

美海「私には分相応なの。そんなに酷くはないよ? 給湯器もあってシャワーだって浴びることができるもの。一人暮らしには充分」

璃鈴「家具も電化製品も全て部屋にあるわ。必要ないから処分しちゃいなさい。最近まで晃良が住んでいたんだけど、あの子、寝に帰っていただけだから新品同様よ」

美海「でも、いずれ帰って来るんでしょう」

璃鈴「あの子はいまニューヨークで、父の仕事を手伝ってるんだけと、ずっと向こうに住むつもりなんだって」

晃良は二十六歳、璃鈴の弟で美海の従兄になる。

美海「そうなんだ。もう何年も会ってないな、晃良さん。元気?」

璃鈴も美人だが、晃良もシュッとしたイケメンだった。
女ったらしなのがたまに傷だが、優しくて美海は晃良のことも晃良兄さんと慕っていた。

璃鈴「元気よ。あ、そうそう、美海の夫役は晃良ね。といっても出番はないけど」

美海「え? 晃良さんが?!」

璃鈴「連絡しておいたわ。戸籍を入れることは流石にできないけど、どうせ戸籍なんか調べないでしょうし、調べられても内縁の妻ってことでオッケー」

(回想終了)


璃鈴は、今見上げているマンションのオーナーだ。
賃貸と分譲と両方あって、晃良の部屋は分譲の一部屋だという。
ちなみに、璃鈴は他のマンションに住んでいる。

美海(離婚の慰謝料に、ここをもらっちゃうとはねぇ、自分で浮気をしておいて、それはないわ)
やれやれと呆れながら、自分の左手の薬指を見つめる。

薬指には、もういらないからあげると璃鈴から渡された結婚指輪が光っている。
幸か不幸がサイズはピッタリの指輪だった。

今日から自分は既婚者だ。

美海(私は野中美海じゃない、桜井美海、桜井美海)
心の中で何度も胸に刻む。

中に入ると、居住階の二階ロビーに、コンシェルジュがいた。

○(回想)
璃鈴「コンシェルジュには連絡してあるから、名前を告げれば大丈夫よ。桜井美海よ、名字を間違わないようにね」
(回想終了)

コンシェルジュ「こんにちは」
美海「桜井美海です」
コンシェルジュ「お待ちしておりました」

コンシェルジュの案内で、エレベーターに乗った。

コンシェルジュ「では、何かわからないことがありましたら、何なりとお申し付けください」

美海「あ、ありがとうございます」

深々と頭を下げて、顔を上げた時には既にエレベーターは上り始めている。

璃鈴(なんだか緊張しちゃうなぁ)

チンとベルが鳴り、エレベーターの扉が開く。

キョロキョロしながら廊下を進み、晃良が住んでいたという部屋に入る。

美海「うわっ!」

晃良は、おしゃれなイケメンだったことを思い浮かべる。

まずはまっすぐ窓際に向かって外を見た。

部屋は二十階だ。
大きな嵌めごろしの窓から外を見渡す。思わず凄いと呟きながら思った。
美海(夜景はさぞかしキレイだろうな)

それからあらためて部屋を振り返る。

色調は、アイボリーと木の温もりを感じる薄い茶に統一されていた。

木目が美しい家具が最低限だけある。
まるでモデルルームのような、素敵な部屋だった。

ドサッと柔らかそうなソファに身を投げ出す。

美海(ここで私はマダム、桜井美海になるのね)

ブルブルと美海のスマートホンが鳴った。

かけてきたのは、この部屋の持ち主、桜井晃良だ。

ガバッと起き上がって慌てて電話に出た。

テレビ電話である。

美海「晃良さん!」
晃良「やあ、久しぶり」

晃良は部屋にいるようだった。
寛いだ服装をしている。
時差を考えるとニューヨークは日付が変わる少し前だろう。

美海「お久しぶりです!お部屋、本当にいいんですか?」

晃良「もちろんだよ。姉さんのわがままに付き合ってもらってごめんね」

相変わらずのイケメンぶりに、胸がときめく。
嘘とはいっても、晃良の妻ということになるとは、いいのだろうか。

美海「いいえ! 私は全然構わないんですけど、でもいいんですか? 私が、その……」

晃良「これ見て」
晃良が、左手の薬指を見せた。
そこには指輪がハマっている。

美海「晃良さん、いつの間に結婚してのですか?」
晃良「してないよ。俺の妻は美海ちゃん」
クスクスと晃良が笑う。

晃良「それがさ、既婚者のふりをしておくと何かと便利なんだよね。美海ちゃんっていう妻ができたから、これからは堂々と指輪をすることにしたんだ」

美海、思わず頬が紅くなる。

晃良「でももし、美海ちゃんが困るようなことがあったら、嘘だってちゃんと説明するから言ってね。美海ちゃん彼はいないの? 恋人に叱られたりしていない?」

美海はブルブルと左右に首を降る。
美海「いないですよ、付き合っている人なんて」
(いたら、いくらリン姉さんの頼みとはいえ、こんなバイトはひきうけませんってば)

もちろん恋はしたい。
誘われたことがないわけではないが、今のところ胸に響くようなピンとくる人がいないのだ。

晃良「そっかー、それならよかった」

彼の華やかな笑顔に美海の心が疼く。
晃良の妻になることが、たとえ嘘でもちょっとうれしいと思ったりもした。
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