花とバスケと浴衣と
1. 出会い
小森生花店でのアルバイトを始めたのは高校三年の冬。特にやりたいことがはっきり決まらないうちに、担任の先生に進められるまま受けた地元大学の推薦入試にうまいこと合格してしまい、トントン拍子に進学が決まった。クラスメイトの半分以上はまだ受験戦争真っ只中。部活も引退してしまい、受験勉強もなくなってしまった千花は、放課後の時間を持て余し、ふらっと立ち寄った商店街で、たまたま通りかかった花屋の表に、アルバイト募集の貼り紙をみつけ、立ち止まって見ていた。
「あれ?あんた三高の華道部の?」
聞こえた声に振り返ると、花の配達に来ていた花市場の叔父さんだった。学校への配達にも来ていた人だったが、まさか顔を覚えられているとは思わなかった。千花は少し驚きながらも、曖昧に頷き会釈をした。
「昨日配達した分、何か足りなかったのかい?」
千花は一瞬何のことだろう?と思ったが、すぐに高校の華道部への配達のことだろうと思った。
「いえ、ご心配なく。私、もう3年でクラブは引退したんで、華道部の買い出しじゃないです。」
「そうか、なら、良かった。じゃぁ何、引退しても自分で続けてるのかい?さすが部長さんは違うねぇ。」
高校で華道部に入ったのは、花が好きだったからというよりも、消去法だった。運動音痴は自覚しているので、運動系のクラブは却下。音楽系のクラブも、地味にきつそうだったし、美術部は、メンバーも少なかったし、絵を描くことにそれほど興味はなかった。最終的に選択肢として残ったのは茶道部と、華道部。両方見学に行って、何となく、茶道部よりも明るそうだった華道部に入部を決めた。それまで、特に花が好きというわけではなかったが、習い始めると、中々面白かった。教えてくれるお祖母ちゃん先生も熱心で、先輩たちも優しく丁寧で、千花はすぐに華道にはまっていった。部員の7割が幽霊部員という中で、週一回のお稽古日以外も、先生が生けた花の描写をしたり、色々な花について調べたり、週に4日はクラブ活動にきちんと出て、真面目に通った結果、2年の終わりには部長にまでなってしまっていた。かといって、引退後も花を生けているかと言われれば、そういうわけでもない。
「いや、そういうわけでもないんですけど。」と曖昧に答えると、不思議そうな顔をした花市場の叔父さんは、ガラス戸の貼り紙を見て、
「あぁ、アルバイトの募集を見てたのかい。良いじゃないか。あんたなら適任だよ。ちょっと待ってな。」
叔父さんはガラガラっとガラス戸を開けて、威勢よく挨拶をして店へと入っていった。何か勘違いしてないかな、と思いながら、仕方なく店頭のリンドウを眺めながら待っていると、叔父さんと一緒に奥から店の奥さんが出てきた。
「まぁ可愛らしい子ね。」
「三高の華道部の部長さん、いや、前部長さんか。」
大きな声で笑う花市場の叔父さんを、呆気にとられながら見ていると、
「アルバイト探しているの?」
奥さんに話しかけられた千花は、黙っていても仕方ないと、正直に話すことにした。
「いえ、特にそういうわけじゃなかったんですけど、予想外に早く推薦で大学が決まってしまって、でもまだ周りは受験モードで遊べる雰囲気でもないし、何かやることないかなーって思いながら歩いてたら、貼り紙を見つけて…。アルバイトをしたいとか、そこまでちゃんと考えてたわけじゃないんですけど、たまたま叔父さんに声かけられて…。」
「なーんだ、市枝さんの早とちりか。」
と奥さんは笑った。千花が少し申し訳ない顔をすると、
「オレはてっきり、バイト希望かと思ってさ。あんたなら適任だと思ったんだけどな。」
と言った。千花はにっこり笑って、
「さっきアルバイト募集の貼り紙見て、アルバイトしてみるのも良いなって思ったところだったんで、一度親に相談してみて、了承もらえたらまた出直してきます。」
と答えた。きょとんとした顔で奥さんに見つめられ、千花は何か変なことを言っただろうか?と思っていると、我に返ったような奥さんが
「まぁ。ごめんなさいね。ちょっとびっくりしちゃって。女子高生って聞いて、こんな可愛らしい女の子だから、もっと何ていうか、適当な感じを想像してたわ。」
奥さんは詫びるような目で千花を見た。千花は首を振って
「お花屋さんって力仕事だから、私なんかにバイトが勤まるのかわからないですけど、そのあたりも含めて、家族に客観的な意見を求めてみます。それで、了承が取れれば、履歴書持ってまた伺います。せっかく叔父さんに声かけてもらったし。」
千花がそう言うと、
「ほらな。適任だっていっただろ?」
叔父さんが得意気に奥さんに向って言った。
「ホント、ビックリ。今時の女子高生ってもっとこう、なんていうか、イメージがね。」
奥さんが口を濁すのを見て、叔父さんは笑いながら
「女子高生も色々だよ。」
と奥さんの肩を叩いた。千花は、そろそろ帰ろうと
「すみません。何かちゃんとしたバイト希望でもないのにお時間取らせてしまって、そろそろ失礼します。また寄ります。おじゃましました。」
と頭を下げて、花屋を後にした。帰宅後、親に相談すると、意外にもすんなりアルバイトの許可は下りた。推薦で地元の大学に決まったことを、両親は千花自身よりも喜んでいて、商店街の花屋の募集が出ていたことを告げると、一層喜んだ。ファーストフードやコンビニで夜遅くまでバイトをしたいと言えば、反対だったが、商店街の花屋だと、営業時間もそれほど遅くならず、何より通学途中で、家から近いというのが良いらしい。花屋は力仕事だからという千花の懸念を伝えると、少しぐらい鍛えて頑張りなさいと言われた。たしかにそうかもしれないな、と千花は思い、早速翌日コンビニで履歴書を購入して、学校で書き、前日と同じように学校帰りに花屋に寄った。アルバイト募集の貼り紙が剥がされたガラス戸を見て、一瞬怯んだが、こんにちはとガラス戸を開けた。出てきた奥さんは、一瞬驚いた顔をした。
「アルバイトもう決まってしまったんですか?」
千花が少し不安げに聞くと、奥さんは笑って、違うのよ、と説明してくれた。昨日あの後、市枝さんが、千花は必ずここでバイトするって戻ってくるからもう外しとけって勝手に剥がしていったらしい。千花も驚いたが、奥さんも、こんなに早く千花が来るとは思っていなかったらしく、驚いたと言っていた。履歴書を差し出すと、奥さんは笑顔で受け取った。
「これからよろしくね、千花ちゃん」

花屋のバイトは思っていたよりも面白かった。日常売れる花は、榊や仏花がメインだったが、切花や、アレンジメント、花束もそこそこ出て、生花教室のお稽古用のお花の注文も、案外たくさんあることに驚いた。千花の仕事は主に、電話番と、店番だった。花束などの依頼があれば、奥さんやご主人を呼ぶことだったが、空いてる時間に少しずつ花束作りの練習をさせてもらうようになった。開きかけの花を集めて、小さなアレンジメントを作り、通常よりも安価で売るというのは、以前からやっていたが、千花がバイトに入るようになってから、ミニブーケ、ミニアレンジのコーナーが店頭のショーケースに少しずつ増え、そのまま飾れる手軽さからか、案外人気ですぐに売れるようになった。店長も奥さんも、千花の存在を気に入ってくれて、若者の感覚を重宝がってくれた。クリスマスのポインセチアの包装も、店頭のツリーの飾り付けも、千花のアイデアを取り入れてくれて、オーナメントの作成や、ポップの制作もさせてもらえるようになった。商店街という場所柄か、アットホームな雰囲気で、他店の装飾用の飾りやリースの作成にも千花は携わった。花バケツの移動や、水の入れ替えは、確かに重労働で、最初は重たさに驚いたが、持ち方を教えてもらい、慣れてくると、千花でも問題なくできるようになった。花市場の市枝さんも、何かと気にかけてくれ、商店街を通る度に声をかけてくれた。クリスマスの週は、アレンジや花束の予約が多く、千花も戦力として赤や金色の包装紙で店長や奥さんが作った花束を包装していった。
「そういえば、千花ちゃんはクリスマスの予定は?」
少し気を遣ったような声で奥さんが聞くので
「特にないですよ。授業も終わってるんで、早目の時間から入れますよ。」
千花が普通に答えると、奥さんは驚いた顔をした。
「千花ちゃん彼氏いないの?」
「残念ながら。」
「どうして?こんなにかわいいのに。」
「そう言ってくれるのは奥さんや市枝さんだけですよ。高校じゃ出会いも何も今更期待できないんで大学デビューを目指します。」
「まぁ。みんな見る目がないのね。」
「私、思ったこととか色々はっきり言い過ぎちゃうんで、可愛げないんですよ。」
「たしかに見た目と違ってしっかり者よね。」
「長女なんで。」
「理想が高いのかしら?」
「自分ではそんなつもりはないんですけどね。」
高校に入って何人かに告白されて、彼氏がいた事はある。でも、長続きしなかった。1~2ヶ月して振られるというのが定番で、もっても3ヶ月だった。あまりよく知らない先輩に、一目惚れだと告白されて、きっと先輩のイメージと本当の私とは違いますと断ると、大丈夫だと言われたはずなのに、一月もすると、イメージと違いすぎると言われて振られた。原因はわかっていた。千花は、見た目と違って、そう簡単に身も心も委ねられない。スキンシップが苦手で、馴れ馴れしく触られることに嫌悪感を抱き、拒絶してしまうからだ。握られた手をそっと離したり、部屋に誘われてもやんわり断ったりを続けていた。付き合う=スキンシップを強要されるのなら、千花は彼氏を欲しいとは思わなかった。それ以来、知らない人に告白されても付き合わないことにした。相手に合わせることが苦手なわけじゃない。ただ、それほど簡単に心は開けないし、急に好きにもなれない。千花自身は一目惚れをしたことがないから分からないが、勝手なイメージを膨らませすぎて、そのイメージに千花を無理やりなぞらせているだけだろうと思ったし、外見のイメージと千花の性格にギャップがあることは千花自身が一番よくわかっていた。
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