光りの中
「お疲れ様です。電話、迷惑じゃなかったですか?」

(別にそんな事あらへんよ)

「送って頂いたビデオテープのお礼が言いたくて、つい電話しちゃって、本当に済みません」

(だから、別に礼なんてかまへんのに。それよか、あんな手紙貰えて、アタシの方がすごく嬉しかったんよ)

「本当っすか?」

(嘘いうてどうすんの)


 姿月からの手紙から一ヶ月程して、僕は彼女の巡業先の劇場に電話をしていた。


(あんな手紙もろうたらこっちの方が嬉しくなってしまうわ)


 ビデオの礼だけを言って切るつもりでいた電話が、気が付いたら30分以上の長電話になっていた。

 その日を境に、僕は彼女に何度か電話を掛けるようになっていた。

 話しの内容は、何時も舞台の事ばかりであったが、彼女は知らず知らずのうちに、自分の身の上話しやプライベートな事迄話すようになっていた。



 姿月と出会ってから二ヶ月ばかりした頃、僕はとんでもない不始末を仕出かした。


 魔がさした……


 という言葉は、随分と都合のいい言い訳になってしまうが、本当に魔がさしたとしか言いようのない不始末を仕出かしてしまったのだ。

 それは、他の劇場に所属している踊り子と、一夜を共にしてしまったのである。

 その週に出演していた他の踊り子達にも知られるところとなり、僕はいたたまれない思いから、シアター アートを飛び出した。

 飛んでしまったのだ。

 行く当てなど無く、その日暮らしが続いた。

 暫くして、シアター アートの社長から、

「佐伯、なんだったら戻って来ないか?」

 と声を掛けて貰った。

「戻っても良いんですか?」

「ああ、全然大丈夫だよ。だいたいが、飛ぶ必要はなかったんだぜ。従業員と踊り子が出来ちまうなんてことは、結構よくある事なんだ」

「はあ……」

「現に、うちの黒田がそうじゃねえか」

 黒田というのは、シアター アートでマネージャーをやっている男だ。


 平成十一年四月、僕は再び劇場に戻った。



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