光りの中

4…転機

 紀子は、高校を卒業すると同時に実家から離れて独立する事にした。

 就職先も学校側からの斡旋を断り、自分で捜し面接に行った。

 エル・ドラドの客からも、


「さつきちゃん、就職先を捜してるんやったら、儂んとこへ来いへんか?
 さつきちゃんなら秘書として充分やってけるで」


 と言われたが、


「社長、ありがたいお言葉ですけど、新しい道は自分自身の手で見つけたいんです」


 そう胸を張って答える紀子に、客や店のマネージャーは益々惜しんだ。



 紀子が見つけた就職先は、大阪の梅田に在る事務機器の販売会社であった。

 事務職としてオフィスワークに従事する事になった紀子だが、華やかな夜の世界から一転した生活になった割りには、就職初日から新入社員の誰よりも場慣れした雰囲気を漂わせていた。

 夜の世界で養われた物怖じしない精神的タフさが役立った。

 高級クラブでの三年は、実社会での十年分、或いはそれ以上の社会経験を積める。

 まして、紀子はその世界でトップに迄昇ったのである。

 その辺の大卒程度どころか、それ以上の社会経験者なのである。

 実務的なものを覚えてしまえば、寧ろ他の先輩社員達よりも、上司達からは目を掛けられて当然だったのかも知れない。

 仕事もそつなくこなし、且つ上司受けが良い新入女子社員。

 当然、妬みの対象にもなった。

 そういう視線で見られる事にはもう慣れていた紀子だったから、そういう面では気にはならなかったが、唯一困惑したのは男性社員や上司からの誘いであった。

 特に上司達のそれは、あからさまな程で、流石に紀子も嫌になる位だった。

 そんな中、社内に一人だけ気になる男性社員が居た。


 勝又亨。


 大卒五年目の中堅社員だ。

 営業課の為、出社しても直ぐに外回りに出るから、余り接触する機会は無い。

 帰社も下手をすると紀子が定時で帰った後になる事が多い。

 勝又の存在を初めて意識したのは、新入社員の歓迎会の時であった。



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