ただ愛されたいだけなのに


 けれど心配は無用だった。居残る生徒はわたしを含め、十人もいた。みんなはほんとうに居残りをしなくちゃいけないほど成績が悪いけど、わたしは余分な練習時間を取らなきゃいけないほど悪くない。むしろ、毎日居残りをしていたおかげで、成績はクラスでトップだ。ウソみたい。小学生から高校生までわたしがトップになったものと言えば、短距離走の後ろから数えてトップだった以来、初めてだ。人生で初めて。

 わかる問題を三つほど間違えて、先生がヒマそうにしている時に手をあげる。
「終わりました」なんて言ってから、自分のレベルを思い出してしまった。先生はわたしには笑顔を見せてくれない。
 先生はいつものように中腰になると、しばらくパソコンを見つめてから立ち直した。
「うん、バッチリです。これで資格も余裕ですね」
「えっ……そんなそんな、無理ですよ。アハハッ」
 先生は他の生徒のところへ行ってしまった。

『アハハッ』? 我ながら意味不明だ。
 帰る支度をして、先生がこちらを見てくれないか三十秒ほど立ち尽くしてみた。先生は振り向くことなく亀田さんの答え合わせに行った。
 何も起きないまま次の日も過ごして、春休みに入った。うちの近所じゃ、桜は咲かない。芽すらない。アパートのまわりはコンクリートと駐車場と、嫌みったらしい高級マンションしかない。


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