この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。【完】
 正面から突破するつもりはない。しかし、姿を消すことは出来ても、音を消すことが出来ない。

 アーベルは慎重に近衛騎士にゆっくりと近付く。周囲に人がいないことをいい事に、取り留めのない日常的な雑談を交わす近衛騎士達は呑気に笑い声を上げた。15年後の彼らとは仲がいいが、今の彼らにとってアーベルは知らない人間だった。

 だから、仕方ない。

 注意力が逸れている今だと思い、ジリジリと距離を詰める。
 そして、まだ若い片方が何か話そうと口を開いた所で――、中年の方がハッと武器を持つ手に力を込めた。

 まずい。


「……?おい、なんか、変な風が」


 人の気配を、その場の空気の流れを敏感に感じ取ったらしい。
 身構えた中年の方に飛びかかる。懐から瞬きひとつの間に短剣を抜いた。柄で後頭部を殴って意識を落とす。

 急に崩れ落ちた近衛騎士にやや動揺しつつ、しっかりと己の得物を握った若手騎士も、流石エリート近衛騎士と言うべきか。だが、その騎士に存在を認識される前に懐に潜り込む。そのままゼロ距離で腹部を柄で打ち抜いたが、意識を落とすまでには至らなかった。衝撃でくの字に折れ曲がった男の顔を拳を作って殴る。
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