この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。【完】
「目の前で居なくなって、初めて自分の身体がもぎ取られたような感覚になった。過去の私は、離縁を受け入れる等とよく言えたものだ」

 息を呑んだ。ローデリヒ様がこんな事を言うなんて。
 それだけ私達が攫われたのが、衝撃だったのかもしれない。

 ゆっくりとローデリヒ様は顔を上げる。海色の瞳が私を見つめていた。道に迷ってしまった子供のような表情で。ゴツゴツとした大きな手が私の頬を包む。

「私の傍から、居なくならないで欲しい」

 私はローデリヒ様の手に自分のを被せる。少しだけ驚き半分で笑ってしまった。
 とてもとても大事にされていたのは分かっていたけれど、ローデリヒ様から好きとか、愛してるとか、そういった言葉は貰った事がなかったから。

 だからこんなに私の存在が大きい事を言われるなんて、思ってもみなかった。だから――、

「私もローデリヒ様が傍から居なくなっちゃ、嫌ですよ」

 熱烈な言葉を返す。ローデリヒ様と同じ気持ちだし。

 私につられて、ローデリヒ様が口元を緩めた。ゆっくりと顔が近付いてくる。受け入れるように目を閉じて、

 私達の影が、重なった。
< 642 / 654 >

この作品をシェア

pagetop