美男子の部屋に保護されました
私は、またバッグの中を探って、普段は滅多に使わない名刺を取り出した。

『晴野(はるの)市立図書館
司書
坪井由里子』

宮原さんは私の名刺を受け取って、

「坪井由里子(つぼい ゆりこ)さん?」

と名前を呼んだ。

「はい。」

「司書の方だったんですね。
道理で本がお好きなわけだ。」

えっ
なんで、本が好きって分かるの?

私が首を傾げると、

「いつもうちの店に来てくださってますよね。
平積みのメジャーどころだけじゃなくて、
あまり売れないようなマイナーな作家さんの
本まで手に取ってくださって。」

と目を細めて嬉しそうに説明してくれる。

うわっ
じゃあ、私が気づかなかっただけで、見られてたんだ。
恥ずかしい…

私は、もう宮原さんを見ることができなくて、テーブルに置かれたコーヒーを見つめていた。

すると、宮原さんが口を開いた。

「由里子さん、すみません。
先ほどの俺の名刺、ちょっと返してもらって
いいですか?」

ん?

私はよく分からないながらも、コーヒーの横に置いてあった名刺を取り、彼の向きに直して渡した。

彼は受け取った名刺の欄外に胸ポケットから取り出したボールペンでサラサラと何かを書き、再びその名刺を私にくれた。

「俺の連絡先です。
またお会いしたいので、ご都合のいい時に
ぜひご連絡ください。」

えっ?
それって…

「あ、ナンパだと思わないでくださいね。
由里子さんは気づかなかったかも
しれませんが、俺はもうずっと前から
由里子さんの事を見てきました。
いい加減な気持ちで言ってるわけじゃ
ありませんから。」

彼の目がとても真剣で、本気で思われてると錯覚しそうになる。

こんな素敵な人が、私なんかに本気で好意を寄せるはずがないのに。

そこへ、緑のエプロンをつけた店員さんが現れた。

「宮原マネージャー、1番にお電話です。」

「分かった。今、行く。」

宮原さんは返事をして席を立つと、一瞬微笑んで、

「じゃ、由里子さん、また。」

と去っていった。

私は、カップに残ったコーヒーを飲み干し、宮原さんの名刺をバッグに入れて席を立つ。

会計をしようとすると、もう宮原さんが私の分まで支払ったあとだった。

私は、自転車に乗り、今日もあのアパートへと帰宅した。
< 9 / 91 >

この作品をシェア

pagetop