愛染堂市
 
「――正直なところ・・・今、監察に目を着けられててな。内で派手に動けねえんだよ」


『そんなもん、尚更俺の知った事じゃねえよ』


「そう言うなよヤマモト。デコスケに貸し作っといて損はねえぜ・・・それに」


 木村は少しだけ神妙な面持ちで、コーヒーカップをソーサーに戻しながら、もう一度「それに」と付け加えて、俺の肩辺りに目線を向ける。


『それに何だよ?』


「――先週、六本木のガキ共の溜まり場にガサ入った時、5キロ近い量のシャブが出たんだが・・・半分は報告書に載せずプールしてある」


『・・・まさか、それを一枚噛ませてやるなんて言うんじゃねえだろうな?・・・そうなら、なおの事他を当たってくれ。俺はヤクには手は着けねえ』


木村は俺の言葉を聞いて、態とらしい大きな溜め息を吐きながら「だろうな」と言い、テーブルシュガーを手に取りながらサラサラと振り始めた。


「まっさらなんだぜ。三、四倍に混ぜても十分な値段で捌けるんだがな・・・」


『何と言われようと、ウチはヤクはやらねえよ。・・・悪いがコレ以上の話は無駄だ、俺はもう行かせてもらうぜ』


俺はプラスチックの筒の中で丸まっている伝票を取り出し席を立つ。

木村は伝票を持つ俺の右手を掴み、「まあ待て、最後まで聞けよ」と言いながら、俺の目を見据える。

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