愛染堂市
―――――中島


「オイっ!!大丈夫かアンタ?」


『・・・奴だ』


「はっ?」


 木村は雑居ビルの入り口の前で立ち止まる俺を、申し訳程度の哀れみを含んだ表情で眺めていた。

 俺は暫く通勤の車の群れを眺めていた。

どの面も事件現場を横目にしながら無機質な表情を浮かべて車を運転していやがる。


 順応


 この街で生きていく上で順応した姿がそれであり、そんな人間が常となりこの街を創る。それが正しき姿であり、それに慣れる事がこの街の人間の常なのかもしれない。

 俺はその事に吐き気を覚える。

今の俺はそんな「常」に慣れきっていた自分にも強い吐き気を覚える。

 俺が正気の沙汰じゃねぇのか?

 くだらねぇ考えが頭を巡る。

 これも奴のニヤケ顔の所為なんだろうか?


 俺をこんな感覚に落とし入れた奴が、また俺の前に姿を見せた。

順応した人間の通勤の群れの中に混じりながら、俺を嘲笑うかのように俺の横を通り過ぎた。

 俺は恋しちまった小娘みたいに、ただ奴をじっと見続けている事しか出来なかったが別に怖気づいた訳でも無えし、呆気にとられた訳でも無え。

 ただ分かっているのは、今そうすべきが正しい事というだけだった。


「中島さんよぉ!!
・・・具合悪いなら帰るか?」


 木村が少し苛立ったように雑居ビルの入り口から俺に呼びかける。


『いや・・今行く』


 現場に来た他の警官達は、案の定雑居ビルの中は調べていない。

 俺は奴が何者なのか知る必要がある。

 知らない奴とやり合う事はできねぇ。

 奴ともう一度会ったなら、間違いなく今度も命のやり取りになる事は容易に見当が付く。


 俺はホコリっぽい雑居ビルに足を踏み入れる。




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