愛染堂市
 ―――っ?!

 アタシの目の前で男の顔が歪む。

そして宙を舞うように吹っ飛び、道具箱と共にガシャガシャと音を立てて倒れ込む。


 アタシは目の前で起きた事が、理解出来ずに呆然とする。

そして男の吹っ飛んだのと逆の方に顔を上げる。


「―――うるせえ野郎だ」


 そう言ってペンキ屋が蹴り上げた足をゆっくりと戻す。

 男は目をパチクリさせながら、意識を呼び戻そうと必死に首を振る。



「・・・っきしょう」

 
 口元から血を垂らしながら、男は手元にあった大きなスパナを取って立ち上がった。

 
アタシは身を引いてペンキ屋の脇にくっつく。


「キシモトーッ!!てめえ客人に何してやがんだっ!!」


 男の後ろの方で、事務室からいつの間にか出てきてた、車屋のジイサンが声を荒げる。

 男はビクッとして振り向く。


「・・・それ以上やったら死ぬ事になるぞ」


 さっきアタシに、バスタオルを掛けてくれようとしてた大男が、そう言ってスパナを持つ男の右手を掴んだ。

大男は見た目の通り力があるらしく、男は「イテテ」と言いながらスパナを下に落とした。


「ほれ行くぞ・・・お前は外でスクラップを手伝え」


 まるで子供のように、男は大男に連れていかれた。


「悪いなぁ・・・たまにあんな奴が混じっちまう」


 車屋のジイサンがアタシ達の前に、申し訳なさげに歩み寄ってきた。


「―――別に、・・・気にしちゃいねぇよ」


 ペンキ屋は表情を変えずに返した。


「おめぇに言ってんじゃねぇよ」


 車屋のジイサンが、しわくちゃの顔で、アタシにウィンクしながら言った。

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