愛染堂市
「・・・なぁアンタ本気かい?」


 廃ビルの階段を脂汗を流しながら下る俺に、木村は3、4段下から見上げるように聞いてきた。


『・・・何が?』


「何がってペンキ屋だよ」


 俺は木村の質問には応えず、歯を食いしばり脂汗を流しながら階段を下る。

正直、手摺りがこれ程有難いと思った事は無いくらいに、手摺りにしがみ付きながら。


「悪い事は言わねえ・・・後悔するだけだぜ」


『・・・アンタは後悔してるのか?』


「あぁ・・・後悔しかしてねえよ」


『俺は・・・アンタとは違う』


 そう言って俺は、立ち止まる木村を抜かして階段を下る。

抜かし際に、木村の鼻で笑う声が聞こえたが、俺は気にせず黙々と階段を下る。


「・・・そんな怪我じゃ済まねえし・・・もっと嫌なもんも見るようになるぜ」


『ご心配はありがてえが・・・俺の気は変わらねえ』


「・・・そうか分かったよ、好きにすりゃいいさ・・・・俺は手を貸さないぜ」


『最初っから借りる気はねえよ』


 俺は木村から数段進んだ所で、木村の方を向いて言った。

木村は手を焼くガキを見るように、少し困った顔をしながら俺を見ていた。

俺はすぐさま前を振り向き、また黙々と階段を下る。

諦めたような足音で、木村も階段を下り始めた。









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