私の中におっさん(魔王)がいる。~毛利の章~

「竜王書第三巻は、ここまでです。続きは水に濡れてしまったようで、読めませんでした」
 柳の語った物語を聞いて、毛利は得心がいったように呟いた。
「なるほどな。やはりそうであったか」
「は?」
「小娘のことだ。小娘はいつになっても己の能力を把握出来なかった。それは、こういう理由からだったわけだ」

 一人で納得した様子の毛利に、柳は怪訝に首を傾げた。
 どういうわけなのか尋ねたかったが、元々毛利は人に説明するのを面倒くさがる傾向があり、尋ねると嫌がる。
 それでも気になった柳は、
「どういう意味ですか?」
 と、尋ねた。

 当然のごとく、面倒くさそうな顔をした毛利だったが、その表情の変化は柳でなければ分からなかっただろう。
 あるいは、ゆりならば気づいたかも知れない。

「小娘の中には一つの能力があるわけではないと言う事だ。風を操ったかと思えば、我々を別の場所へ飛ばしたりする。小娘には二つ以上の能力が備わっているのだろうとは思っていた。だが、訓練をしても失敗続きで、実にもならない。普通だったら、二つ以上の能力があったとしても、より自分に向く能力を先に習得できるものだ。まあ、能力が二つ以上ある者は稀だが」

 補足するように言って、毛利はいったん言葉を区切った。
 二つ以上の能力を持つ者は、この世界でも稀な存在だ。先天的な者が殆どだが、後天的に身につける稀有なる者も中にはいた。

「小娘の中には、五千ないし、五千に近い能力が眠っているのだ」
「え?」

 これには柳も、素になって驚いた。
 毛利は、静かに柳を見据えた。

「魂に能力が宿るのだとすれば、小娘が能力を使える理由にもなる。異世界から来た小娘が、そもそも能力を扱える可能性など限りなく低いはずだ。ましてや、先天的な者が殆どの能力だ。努力もなしに後天的に目覚める可能性はないだろう。あるいは、命の危険が迫って目覚めたという可能性もあるが、それでも複数あるのはおかしいと言える」

「そっか……」
 柳は納得して頷いた。

「五千の魂のうち、何人が能力者であったのかは分からないが、最大にして五千の能力が小娘にある。魔王の力とは、五千の能力の事を言うんだ」

 確信を持ってきっぱりと言い切った毛利に対し、柳はそれを聞いて身震いした。
 恐ろしいような気もしたし、面白いような気もした。
 いや、面白いと思う方が勝ったのだろう。
 柳は、にやっと口の端で頬を持ち上げた。

「だから、小娘は能力を把握しきれないんだ。膨大であるために」
 確認作業のように毛利は明確に言った。
 柳は、悪戯っ子のように笑む。
「それを操れるようになったら、それこそ無敵ですよね」

 悪意の無い、悪戯っ子そのものの笑み。
 悪い事も、良い事も考えていない。ただ、楽しい事だけを思い浮かべた笑みだ。
 毛利は眉を僅かに顰めた。
 柳の、こういうところが危うい――と、毛利は内心で懸念しながら柳を見据える。

「でも、第三巻によると、魔王に近づくと魂と体を持っていかれちゃうんですよね? お姉さんはよく無事ですよね」
 明朗な問いに、毛利は考えを巡らせることなく答えた。

「〝器〟なのだろう」
「器?」
 毛利はゆっくりと頷く。

「適合する器が呼ばれたという事だ。あの死体の男は、器に選ばれなかったのだ。もしくは、適合する器を呼ぶために必要だったのかも知れん。ともすれば、やつは死んではおらず、仮死状態であったとも考えられる」

 毛利は自問自答のように言って、
「いずれにしても、推測に他ならないが」
 と、付け足した。
 
 柳は「ふ~ん」と興味が失せたように頷いた。
 これ以上の話の広がりはないだろうと見込んで、話を変える。

「それにしても、どうなんです? 夜壱さんが言ってたこと。図星なんですか?」
「なんのことだ?」

 毛利の表情を読もうと試みたものの、すっとぼけたのか、本当に忘れたのか、柳には判断が出来なかった。
 なので柳は、もう少し踏み込んで訊いてみる事にした。

「だから『愛がわかったのかい?』ってやつですよ」
「知らぬ」

 毛利の鼻に僅かにシワが寄った。
(訊くなってことね)
 柳は心の中で納得して、話を終わらせる事にした。

 どうせ、時期が来れば分かる事になるのだ。その時に全てを書き記そう――柳はそう思い、そうですかと言おうとしたが、その前に毛利が先手を打った。

「報告は以上か?」
 牽制じみた促しを受けて、柳は頷いた。
「はい」

 柳はそのまま部屋を出た。
(確実に、彼は変わってきている)
 柳は部屋の扉を眺めた。
 そこにあったのは、愉しげで、優しい笑みだった。


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