私の中におっさん(魔王)がいる。~毛利の章~

 * * *

「ぐっ!」

 毛利は苦痛から声を漏らした。
 膝をつき、倒れ込まないようにするのがやっとだ。
 だが、もう限界も近い。
 チカチカと白い飛沫が目の奥に浮かぶ、意識が彼方に飛んで行きそうだった。

「……くっ」

 ここまでか――毛利が死を覚悟した瞬間、魔王の光りがひときわ強く光り、そして解けるように丸くかたどられた靄が現れはじめた。

 いわゆるオーブと呼ばれるものだろうか。靄は、魔王からひとつ、またひとつと剥がれ落ちるように浮き出て、空高く昇っていく。

「ヴォオオ! オオ!」

 苦しみに満ちた絶叫が上がり、アジダハーカは地面に伏した。
 しばらく、バタバタと巨体をくねらせ、悶えていたが、ある時パタッと動かなくなった。

 その動かなくなった口から、魔王と同じようなひとつのオーブがふわふわと浮いて出てきた。
 それを皮切りに、どんどんと、三つ首の口から光の丸い靄が上がっていく。
 ひとつ、またひとつと上がる度に、アジダハーカの皮膚は崩れていった。

 毛利は、力を失って地面に頬をつけた。
 他の者も皆、一様に力が入らずに地面に突っ伏している。
 だが、苦しみはもうない。

 助かった――ほっと安堵の息がそこかしかこから上がった。
 そこに、焦燥溢れる声が上がった。

「ねえ! どれか分かる!?」

 声の方向を見ると、黒田が毛利を見据え、空を指差していた。
 毛利はその方向を振り返って、そして途端に理解した。黒田の言葉のその意味を――。
 毛利は、必死に腕に力を込めて上体を起こした。

 力の入らない足に無理やり鞭打って立ち上がると、足がガクガクと震えた。
 沈んでしまいそうな膝を叩いて直立させ、目を凝らして魔王を見据えた。
 魔王からは次々にオーブが天へと上がって行き、半分にも満たない大きさになっていた。

「ゆり……!」

 毛利は切迫した思いで呟いた。
 その時、毛利の瞳があるオーブを捉えた。

 ふわふわと頼りなく浮かんでは、戸惑うように天へと昇っていく。
 毛利はそのオーブに、まるで追いすがるように手を翳した。

 毛利は渾身の力を振り絞った。
(もう、死んでも構わない。お前にもう一度逢えるのなら……)

「帰って来い! ゆり!」



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