私の中におっさん(魔王)がいる。~黒田の章~
「いつ頃お気づきで?」
「今さっきだよ」
「そっすか」
「……お前に頼みがある。あの子の面倒を、見てやってくれるか?」
「それは、言われないでもそうしようと思ってました。俺、ちょっと興味あるんで」
「そうか、そう言ってくれると嬉しいよ」
にこりと笑む伯父を、翼は複雑な思いで見つめた。
東條忍(とうじょうしのぐ)は、東條家の長男として生まれた。
彼には、弟と妹がいた。その妹が、翼の母である。東條は、翼とは正反対の人間であった。
翼は、楽観主義で所謂放蕩息子。好き勝手に暮らしていた。
貴族生活を嫌い、一人の武人として生きたし、地位も欲しくはなかった。実家を出て、一人で暮らすなど、大よそ貴族らしくない生活をしていた。
一方で、東條は文官の地位を弟に譲り、自分は武の道に生きた。
それは、生まれつき体の弱かった弟のためだった。弟は、武の世界では生きられまい。武の才もお世辞にもあるとは言えなかった。
自分の方が、生き残る可能性はまだあった。
弟を死なせないために、また、家のために彼は武の道へきたのだ。
厳格で、真面目で、堅物。それが、翼が抱いていた伯父への印象だった。
彼には、家のために生きる伯父が理解できなかった。しかしある時、翼は家に戻り、姓を名乗り、地位を戴く事となった。
それは、ある女性との結婚を許してもらうためだった。その女性は、美章の人間だったが、庶民であった。
貴族と庶民の婚姻はあまり喜ばしくない事だったのだが、彼が家に戻るという条件で結婚が許された。
その際、母から意外な話を聞いた。
伯父も昔、若い頃、許されざる恋をしたのだと――。
相手は白星であったのだと、母は語った。
結局婚姻は許されず、籍を入れずに稲里の別荘で二人でひっそりと暮らしていたのだそうだ。
しかし、女性は数年後、病でこの世を去り、以来伯父は誰とも結婚をしなかった。
翼は、その事を思い出していた。
伯父はあの少年に、亡き女性の姿を重ねたのかもしれない。
そして、本当の息子のように愛したに違いない。
翼はそう思うと、胸が詰まる思いがした。
その日のうちに、東條はろくの願いどおりに宣言した。
立てない体に鞭打って、兵士たちには悟られぬよう平静を装った。
私が変わりましょうか? と、心配した弘炉の申し出があったが、東條はきっぱりと断った。
大事な息子の晴れ姿――しかもそれを自分が宣言するのだ。弘炉には悪いが、譲れない。
東條は、大きく息を吸った。
そして、あらん限りに高らかに叫んだ。
「美章軍の大敗の後、奇跡の作を煉り、こたびの戦を勝利に導いたのは――ここにいる、ろくである!」
東條の横には、皆に喝采を浴び、キラキラと輝くろくの姿。
東條は、誇らしかった。
――見よ! これが、私の息子だ!
* * *
東條は、翌日静かに息を引き取った。
皆が泣き崩れる中、ろくは東條の愛竜、シンディを撫でていた。
一滴の涙が瞳から落ちた。
それを隠すように、シンディはろくに擦り寄った。
「ありがとう……シンディ」