私の中におっさん(魔王)がいる。~黒田の章~
第十四章・迫り来る影

 私は、一足先に凛章に帰省した。
 クロちゃんは盗賊を討伐して、すぐに帰ってきた。
 盗賊が勝手に建ってた小さな城砦は、そのまま残して、クロちゃんのお姉さんや村人の墓石代わりにするのだそうだ。

 それから二ヵ月――。
 私達の関係性は良好で、毎日いってらっしゃいと、おかえりなさいのキスをするのが日課だ。
 こう言っちゃあ何だけど、ラブラブなのだ!

「――んで? えっちはしたわけ?」
「へ?」

 にやついている私に対面している七々さんが、からかうように訊いて来た。
(そうだった。私は今、カフェにいるんだった)
 にやけた顔を元に戻す。けど、やっぱり若干口元が緩んでしまう。

「それは……内緒です!」
「ケチくさいなぁ。減るもんじゃないでしょ」

「減ります!」
「何が?」

「……羞恥心がです」
「あん? それって私が恥じらいのない乙女だって言いたいのか?」
「違いますよう……なんて、ばれたか!」

 ふざけると、七々さんが身を乗り出して私のわき腹をくすっぐてきた。

「このぉ!」
「あはは、すみませんってぇ! あはははっ! ちょ、そろそろ勘弁! アハ、アハハッ!」

 私が笑い死にしそうになったところで、七々さんは手を離した。

「それにしても、ゆりちゃんの彼氏が黒田様だったとはね」

 七々さんには、彼氏が〝黒田様〟だということだけは告げた。
 クロちゃんも別に良いんじゃない? って、言ってくれたし。
 ただ、ぼくが家に居る時は連れてこないでね、面倒臭いから。とも、言われてるんだけどね……。
 まあ、でもクロちゃんの人間嫌いも少しは克服に向って、前進したというところだろうか。

「……すいません」
 黙っていて申し訳ないと、ぺこりと頭を下げると、七々さんは笑った。

「謝る事じゃないけど、羨ましいぞ!」
「そんな事言うと、平煉さんに言いつけちゃいますよ?」
「……それは、困るな」

 なんだかんだ言って、七々さんと平煉さんはラブラブなのだ。
 最近気づいた事だけどね。
 七々さんってさっぱり、きっぱりしてるから解り辛いけど、かなり平煉さんの事が好きみたいだ。

 まあ、その倍平煉さんは七々さんに夢中だけど。
 その好き同士っぷりはお手本にしたいくらい。
 ただ、独り身の店長さんだけは、未だに平煉さんに、彼女の友達紹介してとしつこくお願いしているんだけどね。
 その内、私にも訊いてきそう……。
 そうなったらちょっと面倒だな――そんな風に苦笑した時。

「あれ?」
「……どうしたの?」
「いえ、私が働いてるお店の店長さんがいるんです」
「え?」

 七々さんの向こうに、店長さんが座っていた。
 七々さんが振り返って、

「どの人?」
「あの、黒っぽい髪の人です」

 私は指を指して店長さんを教えた。

「……なにやってんの?」
「……さあ?」

 私達は訝しんで首を傾げてしまった。
 店長さんは席について、目を閉じていた。
 初めは寝てるのかと思ったんだけど、テーブルの上に巻物を置いて、万年筆でたまに何かを書いている。目を瞑ったままで。

「……」

 私達は顔を見合わせた。
 そして同時に首を捻る。

「……一応、彼氏の上司なわけだし、挨拶した方が良いのかしら?」
「私も雇ってもらってる身だし、その方が良いですよね?」
「でも、邪魔じゃないかしら? 何やってるのか知らないけど」
「ですよね。見た感じ、不審者でしかないですけど」

 私達はヒソヒソと話し合って、ちらりと店長さんを見た。
 店長さんはまだなにやら怪しげな行動をしていた。
 私達は互いに頷く。

「行く?」
「はい」

 私達が近づくと、店長さんはなにやらブツブツと独り言を言っていた。

「ちょっと、この人ヤバイんじゃないの? 大丈夫?」
「いつもはまともですよ」

 ひそひそ声でやり取りをしていると、

「……なるほど、ヤバイな。甲説(こうとく)は――」
「ヤバイのはアンタじゃないの?」
「……! 七々さんっ!」
「えっ!?」

 七々さんの貶しとも、突込みとも取れる声が突如降ってきて、店長さんは驚いて振り返った。

「えっ、わっわわっ!」

 店長さんはあからさまに慌てて、テーブルの上の巻物をぐしゃぐしゃと腕で囲んで隠した。

「何やってらしたんですか?」
「いや! うん! なんでもないよ」
「……なんでもない事ないでしょーが」

 ぽつりと七々さんが呟いて、片眉を吊り上げた。
 不審そうな七々さんに苦笑して、

「えっと、キミ達はなんでここに?」
「私達、よくここでお茶してるんです。あっ、こちら七々さん」
「七々です。彼氏の平煉がお世話になっております」
「いや、そんな。平煉さんにはこっちがよくしてもらっちゃって」

 意外だ。
 店長さんならもっと、七々さんを見て驚くかと思ったのに。

「店長さん、あんまり驚かないんですね」
「え? なんで?」
「だって、普段あんなに彼女の友達紹介してって言ってるから。平煉さんの彼女を見たらもっと驚くのかと思ってました」

 七々さん美人だし。

「いやあ。俺だって大人だよ、ゆりちゃん。そんな事くらいで驚かないよ」
「そうですか。それは、失礼致しました」
「いやいや」

 その後、気まずいような妙な沈黙が続いて、三人で「あはは」と苦笑し合った。

「じゃあ、私達これで失礼します」
「うん。じゃあ、また店でね」
「はい」
「失礼します」

 手を振り合ったり、会釈したりして私達はその場を去った。
 七々さんはこの後仕事が残ってるそうで、お店の坂を下って図書館で別れた。
 今日は図書館は休館日だけど、書物の整理をするんだそうだ。

 私はそのまま坂を下り、大通りに下りた。
 てくてくと歩いていると、路地裏に黒いテルテルボーズが視界に映った気がして、私は一歩後ずさりして、首を傾けてのけぞった。

「あっ」

 路地裏には、クロちゃんの姿があった。

 後姿だけど、あれは絶対クロちゃんだ。
 私は声をかけようと思って、小走りで近づいた。
 クロちゃんは路地の角を曲がったので、

「クーロちゃん!」

 私は曲がり角を覗きながら明るく声をかけた。が、

「――あれ?」

 路地を歩いていたはずのクロちゃんの姿が消えていた。
 路地は真っ直ぐに続いていて、そこには誰の姿もない。
 薄暗く、物が放置された、荒れた路地が続いているだけだ。

「……見間違い?」

 私は、首を傾げながら大通りへと戻った。
< 131 / 146 >

この作品をシェア

pagetop