私の中におっさん(魔王)がいる。~黒田の章~

 * * *

――ここで話は一旦、十一日前に遡る。

 ゆりが黒田の姿を町で見かけた日。そしてそれを、黒田が撒いた日。
 あの闇の吹き溜まりのような暗い路地で、密かな密談が行われていた。

「それで、協力はしてもらえるんすか?」
「本来、俺達『竜王機関』は国とは繋がりを持たない」

「それは知ってるっすよ。国どころか軍事に関わるのもご法度っすもんね。そのくせ、歴史のためだとか言って機密情報やら、個人情報を持っていきたがるなんて、欲張りな連中っすよね。あんた達」

 翼は軽く皮肉を言って、へらっと笑んだ。
 樹一は鼻をぴくりと動かしたが、特に何かを返すでもなく黙って翼を見据えた。

「俺達軍人は国家機密を守ってたりもするわけっすから、竜王機関なんて危険な奴ら見つけたらすぐに始末するよう言われてるんすよ。そこを、盗賊討伐の折に紛れ込んでたのを始末せずに生かしてあげてるんすから、見返りくらいあったって良いっしょ?」

 竜王機関は、国に関わらず真実の歴史のみを記す事に命をかけている集団である。
 その実態は明らかにはされていないが、様々な国に潜り込み、内から、外から真実を追究する。
 新聞記者は竜王機関の派生と言われ、軍事に就く者、特に警察(サッカン)が目の仇にしていた。

 すぐに捕まえる事はないが、新聞を配っていたり、売っていたりすれば注意を受ける。隙さえ見つければ、記者を捕まえる事もあった。

 竜王機関は歴史を記すのみと公言しているが、国の情報をそう易々と渡したい者はいない。
 誰に盗まれ、利用されるかも分からないのだから、まともな国であるならば、竜王機関は危険とみなし討伐対象に入れる。

 ここ美章でも、もちろん竜王機関の人間は、れっきとした『犯罪者』なのであった。
 ただ、美章国では竜王機関の人間はここ八十年の間発見されず、翼も竜王機関の人間を見たのは樹一が初めてだった。
 当人から竜王機関の名が出なければ、ただの噂くらいに思っていただけだっただろう。

「では、こちらからも頼みたい」
「命を助けただけじゃ、不満っすか? なんなら、左手の小指だけじゃなく全部削いだって良いんすけどね。でもそうすると、大好きな歴史も記せなくなるっすよ」

 翼は恐持ての顔に笑みを浮かべて、物騒なセリフを軽く放つ。だが、それは紛れもなく本気だ。
 しかし樹一は恐れを抱くどころか、臆面もなく言ってのけた。
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