私の中におっさん(魔王)がいる。~黒田の章~

 * * *

 結果、私はシュシュルフランで雇ってもらえることが決まった。
 店員さんか店長か分からなかったカウンターの店員さんに訊いてみたら、二つ返事で帰ってきた。

「うん、良いよ。じゃ、明日から来てね」

 軽い声音で言われたから、私は最初呆然としてしまったんだけど、いやぁ~良かった。捨てる神あれば拾う神ありだね!

 断られたら行き辛くなるとこだったし、本当に良かった。
 これで、やっと一歩が踏み出せた気がした。

 * * *

 夕方、クロちゃんが帰ってきたので、私はちょっと緊張しながら切り出した。

「あのね、クロちゃん」
「ん? なに?」
「私、バイトすることになったよ」
「ん~そう。良かったね」

 クロちゃんは驚きもせずに、にこっと笑った。
 意外だ……。もっと驚くか、もしくは反対するかもってちょっとばかし心配してたのに。

「いつから? 何時から何時まで?」
「うん、明日から。昼間の人手が足りないから、お昼の時間帯だけ」
「どんなとこ?」
「シュシュルフランっていうお店」
「ふ~ん、どこにあるの?」
「比較的図書館に近いよ。ちょっと路地裏に入るけど、人通りも少なくないし」

 路地裏に入ると言ったら、クロちゃんの顔が曇ったけど、人通りがあると伝えると、表情を和らげた。

「そっか。まあ、昼間なら安心だね」
「うん」
「ところでさ――服代返そうとか思わなくて良いからね?」
「え?」

 何故分かった!?

「やぁっぱりね!」

 私の顔色を見て、クロちゃんは呆れたため息をついた。

「キミに服買った時から、絶対返そうと思ってるなって思ってたよ」
「え、マジで?」
 
 バレバレだったんだ。

「でも、返さないと悪いじゃない」
「あのねぇ、考えてみてよ。キミが誰かに何かをプレゼントしたとして、その代金を後から返して欲しいと思う?」
「……思わないけど……」

 私が言いよどむと、クロちゃんは続けた。

「喜ぶだろうなと思って買った物の代金を返されたら、キミならどう思う?」
「……嫌です。多分、ショックです」
「でしょ? そういう時はただ受け取ってもらえるだけで、渡した方としては満足なの。双方のためにありがとうって言って受け取るだけで良いんだよ。例え要らなくてもね」
「い、要るよ! 嬉しかったよ!」

 クロちゃんの皮肉に、食い下がる。
 だって、本当に嬉しかったから。
 そこは、本当に誤解して欲しくない!

「……うん。分かってるけど」

 きょとんとして、次いで頬が僅かに赤くなった。口元が少しだけ緩んで、クロちゃんは俯いた。フードを軽く引っ張って顔を隠す。

(うっ……可愛い)

 途端に、胸がきゅうと疼く。
 私は胸の締め付けを誤魔化すように、「あっ、照れた~」と、わざとからかうような声音を出した。そうすると、クロちゃんは絶対に否定して、拗ねて二階へ上がるはずだ。

「照れてないよ!」

 案の定クロちゃんは、頬を赤らめたまま、むっとした表情を作り二階の自室へ逃げ込んで行った。
 私はほっとしたような、嬉しいような、切ないような気持ちで、その姿を見送った。
 もしかしてこれを、幸せというのかも知れない……なんてね。


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