私の中におっさん(魔王)がいる。~黒田の章~
* * *
「賄い、いっちょ上がり!」
掃除を終えると、タイミングよく平煉さんがテーブルに賄いを置いた。なので、私と店長さんも席へつく。
ほんわかと、香ばしい良い匂いが漂ってくる。
揚げたての鶏肉のようなお肉に、とろりとしたアンがかかっている。
その下に、燐麦が敷いてあった。
「美味しそう……」
「おう、美味いぞ」
平煉さんが自信満々に言って、取り皿を差し出した。
私はそれに、店長さんの分と、平煉さんの分と、自分の分を取り分けてそれぞれの前に置いた。
「ありがとう」
店長さんが陽気に笑って、平煉さんが片手でありがとうという仕草をした。
私は軽く会釈をしてから、
「いただきます」
お肉を頬張る。
(……美味しい)
今まで食べた凛章の料理の中でダントツで美味しい。
それに、どこか懐かしい。
そう思いながら、もぐもぐと口を動かすと、途端にひらめいた。
(そうだ、このアンの味だ!)
このアンの味が、テリヤキソースに似ている。しょうゆと砂糖の味がする! 凛章にきてから、しょうゆの味には縁がなかった。
倭和の屋敷にいた時には魚や煮物でしょうゆの味があったけど、ここにきてからはさっぱりだった。
どおりで、懐かしい感じがするわけだ。
「これって、おしょうゆ使ってるんですか?」
「豆油(ずゆ)? そうだよ。良く分かったね」
(豆油?)
首を捻った瞬間、魔王が豆油をしょうゆと訳した。こっちの世界では、しょうゆは豆油って言うらしい。
(相変わらず、不気味……)
便利は便利なんだけど、こういう時に魔王がいるって自覚させられて、嫌な気分になる。私は密かにため息をついてから、「なんか、懐かしい味だったので」と平煉さんに答えた。
「懐かしい? 出身は凛章だよね?」
店長さんが訝しがって首を傾げる。
(うわっ、ヤバッ。入国証にそう書いてあったから、そういうことになってたんだった!)
私は、慌てて誤魔化した。
「家で、良く食べてたんですよ」
「ああ、そうなんだ。じゃあ、ご両親のどちらかが千葉か岐附の方なの?」
「え?」
「豆油が多く使われてるのってその二カ国くらいですもんね」と、平煉さん。
(あれ? 倭和国じゃないの?)
「あの、倭和は?」
「倭和国? 豆油使ったっけ?」
「さあ? 多分使わないと思いますよ。あそこは多民族国家だから、使ってる人もいるとは思いますけど。主流はザッシュとか、辛いもんでしょ」
「だよな」
店長さんが相槌を打って頷く。
(そうなんだ……)
私、今まで倭和の料理が日本料理に似てると思ってたけど、食事を作ってくれてたのが千葉の柳くんと岐附の月鵬さんだったからなんだ。
「倭和出身なの? ご両親」
店長さんがもう一回訊いてきたので、私は嘘をつくことにした。心苦しいけど、しょうがない。
「父が、岐附の人で」
「へえ、どんな方?」
「え? えっと、そうですねぇ……ちょっと白髪があって、ちょっと無愛想な感じの人ですね」
「へえ、そうなんだ」
店長さんが言って、同時に二人で頷いている。
お父さんの話をしたら、思い出してしまった。
お父さんは普段は無愛想な感じで寡黙だけど、滅多に怒ることはなかったし、家族に理解のある人だったように思う。お母さんがまた働くことに反対しなかったし。
(
元気にしてるかな……?)
中三くらいから、反抗期でまともに話してなかったけど、こんなに離れるなら、もっと素直に話しておけば良かった。
「じゃあ、お母さんは?」
平煉さんの言葉に、はっと我に帰る。
お母さん……お母さんは……。
「えっと……母は……口うるさいけど、優しくて、頭の良い人です」
お母さんは私が高校に上がると同時に働き出した。
昔はキャリアウーマンでバリバリ働いていたらしく、子供の手があまりかからなくなったから、また働かないかと誘われたらしい。
正直少しだけ寂しい気持ちはあったけど、張り切って仕事に行くお母さんは、かっこ良かった。
また、二人に会えるんだろうか?
無性に、両親に抱きしめられたくなった。その瞬間、クロちゃんの顔が唐突に浮かんだ。
両親には会いたい。ぎゅっと抱きしめられたい。
だけど、帰りたいという気持ちにはならなかった。
クロちゃんは、今まで色んなことに傷ついてきたんだと思う。
私、クロちゃんのそばにいたい。
私に、何か出来たら……。
「……大丈夫?」
「え?」
顔を上げると、店長さんと平煉さんが心配そうにしていた。
「あ、大丈夫ですよ」
明るく言って笑うと、二人は微妙に笑んだ。
「平煉さん。この料理、今日教えてもらえませんか?」
この料理を作って、クロちゃんに食べてもらおう。
少しは、役に立つかも知れない。
「うん、今日か……今日はな――」
やんわりと断りそうな雰囲気の平煉さんを、店長さんが引っ張った。
こそこそと話始める。
「さっきの見たでしょ? あの悲しそうな表情。きっとご両親のどちらかが亡くなってるんだよ」
「ああ、だから懐かしいって言ってたんですね」
「きっと、それで作ってもらえなくなって……。もしかしたらご両親とも亡くしてるのかも!」
「……そんな」
「だから、ね! 教えてあげよう!?」
「はい。そうっすね。自分昼休みにデートの約束してたけど、今日はキャンセルします!」
「……え? お前そうなの? ちょ、彼女の友達紹介してよ」
「ゆりちゃん! OKだよ! バイト終わりでいいかな!?」
ねえ、紹介してよ! と、食い下がる店長さんを完全に無視して平煉さんはさわやかな笑顔を私に向けた。
私は苦笑しながら、「お願いします」と頭を下げた。
二人の会話……丸聞こえでした。
それにしても、やっぱり私って顔に出ちゃうんだなぁ。