私の中におっさん(魔王)がいる。~黒田の章~

 青色の旗がはためく先に、一人の少年がいた。
 まだ幼さが残る少年は、金の髪を薄い兜で覆い、その上に更にローブのフードを深々と被っている。
 頬当の隙間からは、ギラリと光る緑色の瞳だけが輝いていた。

 ローブの中には鎖帷子が鈍く光り、タセット(草摺)グリーブ(脛当て)サバトン(鉄靴)鉄板の入った手甲、と、軽量に特化した格好をしていた。
 このような変質的な格好は、能力者に多く見られた。

 能力次第では甲冑が邪魔になってしまい、能力が発揮できない者がいるので、能力者に限っては、甲冑を改良する事が許されていた。

 しかし、敵味方の区別がつくように、甲冑は国の物で統一されている。
 故に少年の甲冑も薄い、銀色に近い水色であった。

 緑色の瞳しか素肌をさらさない少年は、静かに功歩軍を見据えていた。
 燃えるような憎しみが宿る瞳が、彼の戦地での覚悟を表しているようだった。

 少年の名を、ろく。齢十であった。

 その眼前に、単騎で土を蹴り、躍り出る影がある。
 頑強な男は水色の旗を掲げ、天上に届かんばかりの声を張り上げた。

「良いか! これは初結(しょゆう)を守る戦いであると同時に、功歩軍にこれ以上の侵略を許さないための戦いでもある! 美章のため、女王陛下のため、なんとしてもここを通すな!」

『おお!』

 兵達はあらん限りの覇気を張り上げた。
 大気が揺らぎ、その声は、ビリビリとした地響きのように功歩軍へと伝わる。

 功歩軍・指揮官――青蹴(セイゲル)は、それを跳ね返すように不適に笑んだ。
 功歩軍の先頭に単騎が踊り出、先程の美章と同じように声を張り上げる。

「勝利は我らが手にあり! 初結の地をやつらの墓としようぞ!」
『おお!』

 兵達の鬨(とき)の声は野を伝い、風に舞い、美章兵の耳を振るわせた。

「おおっ、やってやる!」
「白星の勝手にされてたまるものか!」

 兵達は己を鼓舞し合い、殺し合いに向けて気合を入れた。
 そんな熱の中にあって、ろくは一人だけ冷め切った表情をしていた。

(美章の町や土地が侵略されようが、美章軍の誰が死のうが、生きようが、どうでも良い。ぼくは、功歩の人間さえ殺せればそれで良い。あの風使いの部隊を最初に殺してやる)
 
 心中で殺気を巡らせて、ろくは前方の憎き敵を見据えた。
 風使いの男の部隊は、前方付近に陣を置いていた。

 紅い旗に功歩での風の女神、シャメルダが描かれており、女神の横顔が帆に靡いていた。
 旗の形から、隊は関であるようだった。関は三百人隊である。

「今回の指揮官って、無茶しない人だと良いな」

 すぐ斜め横の青年兵がぼそっと、心配事を吐露した。
 ろくはその声を聞き取り、何気なしに青年を見やる。
 すると弱音を吐いた青年の隣にいた青年兵が、若干意地悪くにやりと笑った。

「そいつは大丈夫だろ。なんせ、今回の指揮官は東條三関だからな」
「東條三関かぁ……なら、大丈夫かな」

 ろくは、内心で驚いた。

(東條……)

 心の中でその名を呟く。
 ろくの眉間にシワが寄り、軽く歯軋りが頬当から漏れた。ぐっと、こぶしを握る。
 そうしなければ、会いたい気持ちが溢れ出しそうだった。
 
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