私の中におっさん(魔王)がいる。~風間の章~

  ** *

 四足竜車の乗り心地は思ったよりもずっと静かだった。もっとドズンと揺れたりするのかと思ってたけど、そんなことは全然なかった。
 揺れも、ごくたまに揺れる程度で、むしろ快適だ。

 燦引を出ると、しばらくは足運屋の前に広がる丘のような道が続いていた。しかし、二十分もすると、草がなくなり、荒野のような荒地に変わった。

 瞑は予想していた通り、乾燥地帯が多いのだそうだ。
 これからの通り道にはないらしいけど、砂漠も何箇所かあるらしい。
 
 しばらく景色を眺めていると、砂塵の中に山が浮かんだ。遠めに見ても、結構大きな山だ。三つの山が連なっている。

 そのうちの一つ、左端の五山(ゴザン)という山を越えてヨウゲンへ行くらしい。本来なら、今日中に山を越えられたのだけど、誰かさんのおかげで今日は山の麓で露営になる。

 私は、楽しげに雑談する男を密かに睨みつけた。
 男は白いシャツに黒い皮のズボンを履いていた。白いシャツはだらしなく前を開け、袖も捲り上げている。
 皮の茶色いブーツは先が尖がっていて、キラキラとした飾りがついていた。

 腕にはジャラジャラとブレスレットを幾つもつけていて、額にバンダナのような物を巻いていた。

(チャライ! チャラ過ぎる!)
 チャラ男が苦手な私としては、ぶっちゃけ嫌悪感がふつふつと湧き上がる。

 ともいえ、シャツに皮のズボン、アクセントとしてスカーフやバンダナといった何か頭や首、腕に巻く物というのは、瞑では一般的な男性の服装なのだそうだ。この中の男性も大体そんなかっこうをしている。ただ、大遅刻チャラ男よりきちんとした着こなしだ。

 女性も皮製品を好むらしく、レザージャケットを着たり、皮のスカートを履いたりもするらしい。この中でも、おばさんはレザージャケット。カップルの女性は皮のAラインスカートを履いている。

「こんにちは、お嬢さん!」

 突然呼びかけられて、顔を上げるとあのチャラ男が目の前に立っていた。

(ゲッ! いつの間に!)

 チャラ男は図々しく私のとなりにドカッと腰を下ろした。さりげなさを装って、私の肩に手をまわす。

(ひぃ~! なにすんじゃい!)
 思わずサブイボがっ……!

「どっから着たのぉ? となりはなに、彼氏?」

(どこでも良いじゃろが!)
 心の中で突っ込みつつ、ふと珍しく思った。
 
 二人で歩いていると、風間さんの髪型もあってか、永では必ずと言って良いほど夫婦扱いされたのに、この人は彼氏って言った。
 チャライから?

「彼氏ではないですけど」
「んじゃ兄妹? 仕事仲間? いや、そっかこの服って永国のだもんねぇ! じゃあ、夫婦か!」

 チャラ男が一人で納得したところで、目の前を腕が通過した。風間さんの腕だ。風間さんは、私の肩に乗っていたチャラ男の手をチャラ男の膝に戻した。
 風間さんは、にっこりと微笑んでいる。愛想笑いだ。

「仰るとおり、夫婦ですので、妻に手を出すのは止めていただきたい」

 キャアァア!
 叫びたいっ!
 あしらうための嘘だって分かってるけど、嬉しい!
 嬉しすぎるっ!
 妻!? 妻だって!
 動画撮りたいっ! 

「いやぁ、ごめんね!」

 はっ。
 チャラ男の声で我に帰った。チャラ男は、全然悪びれた感じもなく、なんとなく下卑た笑みを浮かべた。

「ほら、瞑って永ほど若くして結婚するわけじゃないじゃん? だからついさ、まだ彼女独身なのかなぁって思っちゃってね~! それにしても永では交際期間が殆どないってホント? 結婚するまでえっちしちゃダメってホント?」

――え、え――って、こいつ、公衆の面前でっつーか、乙女の前でなに訊いてくれてんの!? セクハラ! この、チャラ男!

「確かに、永では宗教上の理由で、婚前の異性間の交わりは禁止されていますが、交際期間がないわけではありませんよ」
「へえ……おたくらはどうだったのぉ?」

 チャラ男は下卑た瞳を向けた。今度は完全に、下品な笑顔で私をジロジロと見てくる。キモい! キモいんですけどっ!

「申し訳ありませんが。それ以上人の女をジロジロと見るおつもりなのでしたら、殺しますよ?」

 冷淡な声に思わず振り返る。愛想笑いが張り付いた風間さんがいた。いや、これは……違う。いつもの愛想笑いじゃない。冷笑だ。

(怖いっ……!)

「あっ……あ~なんか、ごめんね~!」

 チャラ男も同じ気持ちだったのだろう。血の気が引いた顔で慌てて立ち上がった。そして、そのまま引きつった笑みを浮かべて、そそくさと自分の席へと戻って行く。
 風間さんはそれを見送って、

「大丈夫でしたか?」

 私を気遣うような目をした。

「あ、はい。大丈夫です。ありがとうございます」
「いえ。さぞ不愉快だったでしょう」

 はい。めっちゃ不愉快でした!
 でも、それ以上に風間さんが怒ってくれたことが嬉しくて、不快な気分なんかどっか消えちゃったよ。

 ちょっとは大切に想われてるのかも……。
 すくなくとも、知人以上には……。――っていうか、女だって! 〝人の女に〟だってぇえぇ!

 いやああ! 興奮し過ぎて死にそう!
 心臓苦しいわっ!
 
 その後の馬車旅ならぬ、四足竜旅は、幸せすぎて興奮が冷めなかった。嘘だとわかってても、山の麓に着く五時間ず~っと!

 チャラ男万歳!
 グッチョブ、チャラ男!
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