吸血鬼だって殺せるくせに

Ep2. 淫魔より淫らなモノ

ダルケルノ村を発ってから、5日後…
ジェイスとディページは、イーストレアという村に到着した。

イーストレアはダルケルノよりもずっと小さかったが、たくさんの人がいる活気ある村だった。
大きな建物はなく、木造りの家が立ち並ぶ良い雰囲気の村だ。

2人はまず村の露店が立ち並ぶ広場へ向かう。
そこで保存の効く干し肉や飲み物、そして馬鞍を買った。

いくら優秀なモンスタースレイヤーであっても馬鞍のない馬に乗って数日間の旅はかなりきつかったようで…
村についても腰のあたりをずっとさすっていた。


「ほら、馬鞍だ…人間の姿でいるときはお前が持ってあるけ…」

「えー」

「小さめのにしてやったんだから我慢しろ…背負って歩けばさほど重くないだろ」

「はーい…」



その後、2人はいくつかの服屋に向かった。
ディページは未だにダルケルノ村で拾った布を羽織っただけの姿だったからだ。

馬の姿になっても破けたりしないよう、伸縮性があり大きなサイズの服を探す。
幸い、ここは物資豊かなフュリーデント公国の村だ。
大きな街に行かなくても衣服はかなりの種類が売られていた。

2人は今晩泊る宿を探すために、商店のあたりを小一時間歩き回る。

その中で決して繁盛しているようには見えない武器屋を見つけた。
武器屋と言ってもガラクタのように錆びた剣や斧が店の外に並んでいるだけの露店だ。

一応大きなかまどと作業台が並べられているので、おそらく修理なども請け負ってくれるだろうと…
ジェイスは店に立つ男に話しかけた。


「ここは…武器屋か?」

「何をお探しだい?ウチには新品の剣とかはねーぞ」

「あぁ…すまないが買いに来たわけじゃないんだ…武器の調整を頼みたい」

「ものによるな…見せてみな」


ジェイスは男の前に、手持ちの3本の剣を並べた。


「3本もあるのか…どれの調子がわるいんだ?」

「全部みてほしいが…特にこの剣がな」


ジェイスは最もよく使う長剣を手に取り、店主に刃の付け根を見せた。
刃をつまんで少し力を入れると、グラグラと刃が揺れる。


「振る時に刃がグラついてな…うまく力を込められないんだ」

「ほう…こりゃホークビッツ製だろ?…片側の架け石が割れてるな…グラつくはずだ」

「架け石?」

「ホークビッツ制の剣は二つの架け石で刃を支えてんだよ…これを見てみろ」

「どれ…」


店主は、剣の柄に細い棒のようなものを付け根に差し込んで、慣れた手つきで刃を抜き取る。
そして刃が差し込んであった柄の部分をジェイスに見せた。

ディページも中をのぞく。


「俺にはよくわからんな…修理できるのか?」

「あぁ…石を交換するだけだ…時間はとらねぇよ」

「他の剣も見てもらったとして…全部でいくらくらいになる?」

「3リタってところだな…サービスで砥ぎもしてやるよ」


正直、調整するだけなら結構割高だとジェイスは思った。
しかし他に村もないし、値切るという行為が面倒だったので…


「…まぁいいだろう」


と、ジェイスは了承した。

店主はすぐに作業台を取り出し…
なにやら作業をはじめる。


「座ろ座ろ!」

「あぁ」


ジェイスとディページは近くに置いてあった丸太の椅子にすわり、作業を見ながら待った。
ディページはずっとあくびをしている。


「…?」


ジェイスはぼうっと村の様子を眺めていると…
とあることに気づいた。とてもささいなことだ。

ただ待つのは時間が長く感じるものだ。
ジェイスは暇をつぶそうと、そのささいなことを店主に聞いてみた。


「この村は…妊婦が多いな」

「…ん?あぁ、ここ数週間の間さ…急に妊婦が増えたのはな」

「…数週間で突然?」

「あぁ…老人どもは子宝に恵まれる村は繁栄の象徴とか言って喜んじゃいるが…」


店主がジェイスに近づいて…
小さい声でつぶやくようにこう言った。


「実は…ほとんどが誰の子かわからねぇんだよ…」

「…どういうことだ?」

「ここ最近妊娠したのは若い娘ばっかりだ…結婚はおろか、村の外にも出たことがない女までいる」

「…」

「噂じゃ、この近くにいる山賊に孕まされたんじゃないかって話だが…女どもは何にも言わねぇし…同じ村に住んでる男からすりゃ気味悪いったらないよ」


そう言って店主は作業台に戻る。


「…急に妊婦が増える…ねぇ…」

「お盛んですな…」

「てめぇが言うな」


そんなことを話していると剣が仕上がったようだ。
ジェイス達が金を支払い、宿を探しにいこうとすると…


「もし…」


と、女性の声で話しかけられた。


「あ、村長…」

「…村長?」


声の方を振り向くと…
そこには細身の中年女性が立っていた。

キリッとした顔立ちをしていて…
年齢の割に力強い雰囲気を持った人だった。


「はじめまして…私はこの村の村長、プルーシェと申します」


権力者に突然話しかけられるなんて…
ジェイスは正直、ロクなことじゃないな…と思った。

なんとなくモンスタースレイヤーであることは隠して自己紹介をする。


「…旅をしているジェイスだ…少しの間滞在させてもらうよ」

「ディページでっす☆」

「有名なモンスタースレイヤーがこの村に来てらっしゃると聞いて、失礼ながらお声かけさせていただきました」


バレてた。

まぁ正直…ジェイスは高価な剣や装飾を施した海外産の衣類に身を包んでいたので…
そりゃまぁバレる。


「ぶしつけで申し訳ないのですが…少しご相談したいことがあります」

「…相談?」

「はい…もちろん、お金はお支払いいたします…」






ジェイスとディページは近くの村長の家に向かった。

リビングで紅茶を出され…
2人は彼女からの話を聞くことにした。


「ご相談したいことって…もしかして、村にいるたくさんの妊婦についてか?」

「…はい」

「みな父親がわからないらしいな…山賊に孕まされたという噂までたっている」

「えぇ…」

「悪いが俺は産婦人科医でも山賊狩りをする賞金稼ぎでもないんだが…」

「…いえ、おそらくあなた様の専門分野であるかと…」

「…?」


プルーシェ村長は紅茶で口を湿らせた。
そして一呼吸つくと…本題に移った。


「数週間ほど前から、お腹が突然大きくなる娘が多くなりました…」

「…」

「そして…その中の一人…私の娘が…一昨日出産をしたのです」

「めでたいことだな…父親が誰なのかわかれば…だが」

「えぇ…何度も問いただしましたが…娘は誰の子かを教えてくれないのです」

「…」

「でも私は、父親がわからなくても働き手が増えるのは良いことだと思い…出産には賛同していたのです…」

「…」

「生まれてきた子が…あんな姿でなければ…」

「…?」


ジェイスがまさに「どんな姿だったんだ?」と聞こうとしたとき…
階段から足音が聞こえてくる。

階段に視線を送ると…
2階から若い女性が降りて来た。

彼女は俺たち見るないなや、村長にこういった。


「お母さん…だれ…その人たち?」

「サラ…モンスタースレイヤーのジェイスさんだよ」

「モンスター…スレイヤー…?」


サラと呼ばれた女性はそれを聞くと…
厳しい顔つきでプルーシェ村長に歩みより、大きな声を上げた。


「お母さん!まさか…まだアンナを悪魔だなんて言うの!?」

「サラ、落ち着きなさい…あの子をずっと隠しておくつもり?」

「あの子は私の娘なのよ!何度言ったらわかってくれるの!?

「父親を教えようとしないのはあなたじゃないか!落ち着きなさい…一度ちゃんとみてもらったほうがいい」

「…」


その後数分の口論の末…
ジェイスとディページはサラの子供を見るために2階へ通された。

ベッドの上にたくさんの毛布が敷かれており…
その上に…その子は無邪気な顔で眠りについていた。


「この子です…名はアンナと言います」

「…」


しかしその姿は…
確かにただの人間とは言えなかった。

寝顔こそ愛くるしかったが…

頭には二本の大きな巻き角が生えており…
ヒザから下は、まるで羊のように毛むくじゃらで、ヒヅメまであった。



「生まれた時からこの姿だったのか?」

「えぇ…心なしか、妙に成長も早くて…」

「…」

「なるほどな…」

「これは…いったいなんなのでしょうか?」

「…」

「…サラと言ったか?あんた…」

「…はい」

「聞くが…父親もこの子のような姿ではなかったか?」

「…ッ!」


サラは下を向いて…
黙り込んだ。


「どうなのサラ…答えなさい」

「…」


プルーシェ村長が、少し強めに聞く。
すると…


「はい…」


と、サラは小さく答えた。

プルーシェ村長はその言葉を聞くな否や…


バシっ!


と大きな音が出るくらい。
サラのほほを強く叩いた。


「なんて子なの!?悪魔に体を許すだけじゃなく…悪魔の子を孕むなんてッ!」

「悪魔じゃないッ!私は…本当に彼を愛してたッ!」


また口論になりそうだったので…
ジェイスも少し大きな声で2人に言った。


「落ち着いてくれ」


2人はお互いから目を離した。

驚いている。
ことの重大さを受けとめようとしている。

真実を知り、こういった表情をする依頼者を…
ジェイスは何度も見て来た。

しかし今回の場合は、少し違う。
…ジェイスもとても驚いていたんだ。

なぜならジェイスは、この場所にいる誰よりも先に全ての真実に辿りついていたからだ。


「これはきっとサラのせいだけじゃない…」

「…?」

「どういうこと…?」


ジェイスは無邪気に眠るアンナの顔を見た。


「アンナは…淫魔(いんま)の子だ…」

「淫…魔…?」

「あぁ…男型をインキュバス、女型をサキュバスと呼ぶ…どちらも人間の異性を誘惑する低級の悪魔だ」

「…」


2人の表情がみるみる曇っていくのがわかった。


「淫魔は…淫魔同士で子供をつくることができない…そのため人間を触媒にして繁殖する」

「人間を…触媒…」

「あぁ…男型であるインキュバスは、人間の女性と性交渉をしてサキュバスを孕ませる…」

「…」

「逆に女型のサキュバスは人間の男性との性交渉を通じてインキュバスを妊娠する…そうやって繁殖しているんだ」

「じゃ…じゃぁ…アンナは…?私が愛した人も…?」


真実を受け止めるために…
いや、間違いであると言ってほしかったからか…

サラはジェイスに問うた。


「アンナはサキュバスだ…そしてこの子の父親はインキュバスだろう」

「サ…キュバス…?…」


バタッ


「サラッ!」


それを聞くと…
サラはめまいを起こし、プルーシェの身体にもたれかかった。

しかしジェイスは…
それを心配できないほど…事の重大さに気がついていた。


「…これは…かなり厄介な事態だ」

「…?…どういうことなのでしょう…?」

「詳しいことを話す前に…村人を集めてくれないか?できるだけ全員だ」

「…村人を?」

「…アンナの話を村人にする」


サラはそれをきくと…
フラつく身体に力を入れなおした。


「それだけはやめて…ッ!村人が知ったら…私もアンナも追い出されてしまう!」


涙を必死にこらえるサラに…
ジェイスは厳しく言った。


「駄目だ…他の女たちも淫魔を孕んでいるとすれば…これはもう、あなたたちだけの問題じゃない…」


そう…

もし村の娘たちの腹の中にいるのがすべてサキュバスであったなら。



「このままだと…村ごとつぶれるかもしれん」



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