銀の姫はその双肩に運命をのせて
序章
 ルフォン城に入ったときから、異様な雰囲気は感じていた。暗くはないけれど、冷たさに満ちている。

 しあわせな花嫁であるはずの姫を取り巻く、突き刺さるような冷たい視線。非難めいた、低いささやき声。まるで、国に帰れと言わんばかりに。誰もかもが戸惑っている、そんな空気がありありと漂っていた。謁見の場に到着しても、まったく変わらない。

 国王のお出ましに、胸に不安をかかえながらも姫はしっかりと頭を下げた。自分の肩に、ふるさとの存亡がかかっている。次に顔を上げるときは、最高の笑顔で。

「初めまして。そしてようこそ、ディアナ姫。愛らしい姫さまの到着に、城を挙げて歓迎するよ。せっかく、遠路はるばる来てもらったのに、姫にいきなり言い訳するのも正直、複雑なんだがねぇ。いや、申し訳ないっ」

 うつくしく正装したディアナだったが、驚きのあまり、王に許しを得る前に、ぴょんと頭を上げてしまった。無礼を咎められるかと思ったが、なんとルフォン国王がディアナに謝ってきた。

「恥ずかしい話、姫の婚礼相手としていた我が国の王太子が、あなたの到着するほんの少し前に、妃を娶ってしまってな。すでに夫婦として、神の祭殿で契約を交わしてしまったというのだよ。我が国において、神は絶対の存在。契約は、どちらか一方が死ぬまで続く。今さら花嫁を交換するわけにはゆかぬ。ほんとうに申し訳なかった」

 王太子の、結婚。

 それって、私とは婚約破棄ですか……ディアナは聞こうとしたが、うまく口が動かない。国を背負って婚礼に向かった地で、予想もしなかった仕打ちを受けるとは。

「こちらから送った、姫の結婚準備金は返さなくて結構。そのまま受け取ってくれ。姫も、すぐに帰国しては立場上辛いだろうから、しばし客人として、この国に留まってくれてよいぞ。ディアナ姫の国・プレイリーランドでは、銀の産出がとても盛んだと聞き及んでいる。周辺からは、豊かな『銀の国』と称されているぐらいだ、銀の話も詳しく聞きたいのう。どうか、ごゆるりと。まあ、姫ほどの容姿の持ち主なら、今後も結婚話はいくらでも降ってくるだろうなぁ。ささ、姫を用意した客室に案内せよ。失礼のないようにな」

 めちゃくちゃな話にもかかわらず、有無を言わせないにこやかな話術に包まれ、ディアナは反論できなかった。
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