銀の姫はその双肩に運命をのせて
「人を、呼びます。治療というか、手当てを心得ているキールの侍女ぐらい、当然いるでしょうに」
「やだ。ディアナがいい」
「王子、わがままを言わないで」
「やだやだ」

 押し問答をしていると、寝室の扉を激しく叩く音がした。

「ディアナさま、ディアナさまあっ。お起きください」

 寝台の上のふたりは、押したり引いたりする手を止めた。

「……アネットの声だわ」
「ちぇっ。せっかくのいいところで。夜這いが、もうバレたのかな。無粋なんだから」

 ディアナにはありがたい救助だったが、キールはおもしろくないようで、子どものようにぶうっと頬をふくらまして怒りをあらわにした。

「お休みのところ失礼します、ディアナさま……きゃっ! キ、キキキ、キールさま?」

 ディアナはまだ、キールにがっちり組み敷かれていて身動きが取れない。

「ああ、気にしないで。絶賛取り込み中だから。男女の」
「いいえ、いいえ! ディアナから離れてくださいませ、お願いですから、キールさまっ」

 アネットはキールに懇願した。

「……うるさいなあ、もう」
 うるさい、と言われてアネットは明らかに機嫌を損ねた顔を浮かべたが、お役目大事の忠義者、アネットはふてくされながらも次なる報告を入れる。

「火急の件です。王太子さま、御危篤の報せが入りました」
「危、篤?」

 キールは、ディアナの体から離れて飛び起きた。たったシャツ一枚のしどけない姿に、アネットは目のやり場に困った。

「はい。詳しいことは分かりませんが、御寝前にわかにお苦しみあそばしたとのことで、みなさまお集まりですっ」

 ちっ。キールは盛大に舌打ちをした。

「ここにいたから、わたしに報告が入らなかったのか」

 今にも駆け出しそうなキールを、ようやく起き上がったディアナは制した。

「落ち着いて、キール。その格好ではだめ。早く着替えて」
「早く行かせてくれ、王太子が」

 ディアナは寝台の周りに脱ぎ散らかしてあったキールの服を掻き集め、着させた。

「靴は? 靴……」
「いい、要らないよ。それより、王太子のところへ」

 血相を変えて怒鳴り散らすキールに、ディアナは思いっきり左頬を叩いた。

「最低! 取り乱すなんて、キールらしくない。夕餉のときまで、あんなに明るくて元気でいらした王太子さまに異変なんて、あるわけない。それに、王太子さまにはお妃さまもついていらっしゃるし、慌てないでだいじょうぶ。キール、あなたがそんなに荒れていたら、周りの人がきっと動揺する。こういうときこそ、もっと王子らしく振舞って」
「ディアナさま、靴がありました」

 アネットが、寝台の下にあったキールの靴を探し当てた。

「ありがとう、アネット。さ、キール、これを。あなたは末弟とはいえ、立派な王子ですから。ね、しっかりしなきゃ」

 キールの目は潤んでいた。アネットが灯りを点したけれど、顔色もいっそうよくない。こんなに不安で萎れたキールを見るのは、初めてだった。いつも自信にあふれているか、自分を飾ってばかりの王子が、とうとう年相応の姿になった。

「悪い方向に考えないで。だいじょうぶ、絶対。私も支度をしたら、すぐに行きます。頬を叩いたりして、ごめんなさい」
「でも、王太子が」

 ディアナは背伸びをして、キールの頭をやさしく撫でた。それでもキールの恐れは完全に拭えない。肩は震え、唇は真っ青だった。未『治療』のせいかもしれない。

 ……どうしよう。

 アネットは絶対に勘違いしただろう。ほとんど裸のような薄着姿のまま、寝台で絡み合ったディアナと王子のふたりを目の当たりして、勘ぐるなと言うほうがしょせん無理というもの。アネットの双眼から送られてくる厳しい視線も、ディアナの肌に痛く突き刺さる。ディアナとしては、幼い弟をなぐさめている、そんなつもりなのに。

「わたし、ディアナがいないとだめだ。もし、もし万が一、王太子がいなくなったら、王位がわたしにまわってくる。耐えられないよ」
「だいじょうぶですよ、そんなありもしない不吉な想像をするのはやめましょう、キール。すぐ王太子のもとへ行く? 私が支度を終えるまで待っている?」
「ディアナと一緒がいい」

 キールはディアナの体にしがみついた。
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