銀の姫はその双肩に運命をのせて
「なんと、姫よ。そこまでグリフィンを」

 王は目を丸くして驚いた。グリフィンもあきれ顔。

「もうちょっと真面目なことを言ってみろ」
「私は、じゅうぶん真面目。本気です」
「俺とお前は、一緒になれない。婚礼相手と交換すべき守り刀も、手もとにはないだろうが」

 そ、そうだった。すべて献上してしまっている。

「新しいものを、国から取り寄せます。だから、あなたのものと、私の刀を交換してください。納得がいかないなら、正式な結婚でなくてもいい。私を、グリフィンのそばに置いてください」
「いやだね」
「なんですって。私では不満なの? さっき、私を守りたいと、好きだと言ってくださったのは、嘘ですか」

 自分がここまで下手に出ているのに、グリフィンはディアナの弱点を突いてくる。喉をかきむしりたくなるような不快感を覚え、ディアナはますます強く歯の奥を噛んだ。

「姫さまの守り刀なら、ここにありますよ」

 おっとりとした高貴なほほ笑みで王妃が差し出したのは、ディアナの守り刀だった。

「騒ぎに乗じて、キールが掠め取ろうとしていたようですが、これはあなたのもの。さあ、お返しいたしましょう」

 銀の守り刀が、久しぶりに銀の姫の手の中に戻った。しっくりくる、重み。

「ありがとうございます」
「いいえ。こちらこそ、大切なお薬を使わせてもらえたこと、感謝します。とても助かりましたよ」
「薬は、新しく取り寄せればよいだけです」

「取り寄せ? では、もうしばらくこの国にいてもらえるのね。嬉しいわ、ねえグリフィン」
「……別に。国に帰ってくれても、構わないぞ。ここに残ったら、また面倒な事件に巻き込まれるかもしれない」
「待て待て。グリフィンが照れるのは分かる。なんたって、馬一筋の人生。この問題は皆でコンフォルダに移動して、ゆっくりと考えようではないか」

 王の発言に、グリフィンは目を白黒させた。

「皆で、移動? 皆って。コンフォルダに入るのは、俺ひとりのはずですよ、王」
「いやいや、これだけの銀脈を放っておくのは惜しい。一時、コンフォルダに遷都する」

 コンフォルダに、遷都。

「遷都、だって」
「遷都……」

 王の爆弾発言に、一同は驚きを隠せなかった。

「やだよ! コンフォルダなんて! たまに行くにはいいけど、田舎だもん。町遊びができなくなる」

 真っ先に反対したのは、都会派のキールだった。

「では、キールはルフォンの城下に残るんだね。ならば、姫はグリフィンの妃候補にしよう。よろしいかな、キール」
「……コンフォルダ万歳! わたしは、速やかに移動します」
「どうしても残りたいという理由がある者を除き、王都機能はコンフォルダに移すのだ」

「おことばですが王、コンフォルダは俺の唯一の財産。二十歳になったら、返してくれるという約束でしたよ。あの場所の地形は平たく開けていて見通しがよく、敵の侵攻に遭ったら危険です。隠れる場所もありません」
「決めたのだ。ルフォンからも、さほど遠くない。しばらく、王都はコンフォルダに移転し、ルフォンに眠っている鉱山を掘り起こそう。天馬は銀脈を示すだけで、実際的な作業はしてくれないのだろう? 銀の姫、そなたの国の力をお借りしたい。一度、国に戻って技術者たちを連れてきてはくれないか。もちろん報酬はたっぷりと用意する」

「私が、使者に」

「お願いできるだろうか。こちらの国の代表は、グリフィンにする。第二王子の外交デビューだ。合わせて、このたびの王太子婚礼の経緯もきちんと説明し、謝罪させる。大切な姫を、半ば騙すような形で迎えてしまったからね。実は銀の国に、こちらの事情はなにも知らせていない。姫が書いた文もすべて勝手に、もみ消していたからディアナ姫は音信不通になっていたのだよ。心をつくして謝らなければ」
「父さま、わたしも行くよ! グリフィンだけがディアナと一緒に銀の国に行くなんて、ずるい! 道中でよからぬことになるかもしれないし!」
「お前が行くと、ややこしくなる。歳も若いし、また次回だな」
「そんなあ。銀の刀、どうやって作っているのかも、知りたかったのに」

「おみやげに、いくつか持って帰りますよ、キール」
「そうだそうだ。これを機に、町娘から守り刀を取り上げるのはやめなさい。結婚を約束して刀を奪うなんて、ただの結婚詐欺だ」

「わたしの偽刀を代わりに下げ渡しているんだから、詐欺ではないよ。偽物とはいえ、そこそこ値の張る刀ばかりだったし。それに、銀の守り刀なら、絶対に姫のものがほしい。あの細工、惚れ惚れしちゃった」
「キール、わがままを言うでない。姫、使者の先導を頼めるかな」

 ずっと日陰を歩いていたグリフィンに、王は華やかな道を用意するという。ディアナは喜んで笑顔で返事をする。

「かしこまりました」
「……面倒だな。馬たちも心配だし。コンフォルダに城の機能をすべて移転させるなら、軍や厩舎の仕事が忙しいのに」

 不満足そうな横顔のグリフィンを、王はからかう。

「移転の計画書だけ置いていってくれれば、皆その通りに動くだろう。それとも、信頼のおける部下がいないのかな? 銀を採るのは大変だ。同盟国たる姫の国の助力を仰いだほうが、効率もいい。そうだ、グリフィンを銀鉱山の長官に任命する」

 グリフィンは、試されている。もし、銀脈から大量の銀が安定して産出されるようになれば、この国におけるグリフィンの地位は相当向上するはずだ。キールや、王太子さえも脅かすほどに。
 けれど、それをグリフィンが望んでいるとは思えない。存在に重きを成せることは歓迎すべきだが、国の憂いにつながるようでは、ままならない。

「引き受けてもいいですが、ひとつお願いがあります。銀が採掘できるようになっても、俺は、政治に関わらない。王位を継承するのは王太子、その次はキールだと今ここで、はっきり約束してくれ」

 頑なな双眼。軍を率いているのに、身内での争いは絶対に望まない。誰よりも、この国を、家族を愛しているから。

「今、ここで、か」
「そうだ。王の重いことばがほしい」

 腕組みをした王は唸った。

「分かった。誓詞でも書こうか」
「いえ。王太子夫妻にそれとなく伝えてもらえれば、それでじゅうぶんです。ここに居合わせたすべての人間が証人になる」
「ふん、ばっかじゃないの。ディアナにいいところを見せようと、かっこつけちゃって」

 キールがグリフィンをからかう。

「なんだと。本心だぞ」
「ディアナは、子どもがたくさんほしいんだ。確固たる身分の子どもが。銀の血を守るためには、宙ぶらりんな王子の子どもなんて要らないそうだよ」
「子……?」

 ちらりと、グリフィンがディアナに視線を送った。キールの指摘したことは間違っていない。ディアナは軽く頷いた。

「銀の血を残したいのは、ほんとうですけど。私は、グリフィンを尊敬しています」

 グリフィンは答えなかった。軍と馬の移動方法を早く考えたいと言って、足早に裏山から去った。

 暗い空は、いつしか一面の夕焼けに変わっていた。
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