銀の姫はその双肩に運命をのせて
遠乗り×愛×疑
 翌日。
 ディアナを迎えに来たのは、グリフィンだった。正直、ディアナは先日の態度を思い出し、どきりと身構えた。

「ディアナ姫さん、用意できたか」
「……おはようございます」

 空の青よりも晴れやかで明るい声。グリフィンは遠乗りをひどく楽しみにしていたらしい。
 こんないい笑顔を向けられたら、誰だって好感を持つだろう。思わず勘違いしたり、どきりとしてしまうかもしれない。狙い済ましたキールより、天然なぶん、許せるけれど、馬への傾倒っぷりはいただけない。

「今日は俺が世話している馬を、特別に貸してやる。大切に乗れよ。乗馬は得意か? おとなしい馬と、元気な馬、どっちがいい? 毛並みは何色が好みか?」

 矢継ぎ早に、グリフィンは問うた。

「は? ええと」

 馬のことになるとせっかちな人だ、ディアナは笑いをこらえた。その様子を、王子は見咎めた。

「どうした、具合でも悪いのか。今日は、王が頭痛で遠乗りは欠席なんだ。姫さんに済まないとの伝言を頼まれたが、なに、俺がついている。ディアナ姫さんを不安にはさせない」
「まあ、そうでしたの。王さま、だいじょうぶですか。お見舞いに行ったほうがよろしいかしら」
「心配は要らない。王のそばには王妃がついているし、俺たちは遠乗りを楽しめばいいさ。さて、それより馬だよ馬。姫さんは乗れるのか」
「ええ。兄たちとよく乗りました。お城の外には、あまり出たことがないんですけど」

 ディアナは厩舎に連れて行かれ、グリフィンは吟味しながら一頭の馬を選んだ。

「栗毛の牡馬、五歳。名は、タロット。軍の調練にも出るが、俺の乗馬用の馬だ。若くて威勢もいいが、賢いやつだ。馬だと思って軽んじると振り落とされるが、誠意をつくせば従順そのもの。ディアナ姫さんの性格に似ているんじゃないかと」
「私に?」

 つまり、ディアナ姫は騒がしいと言いたいのか!

「お、ようやく他のやつらも集まってきた。遅いぞ」

 グリフィンの視線の先に目をやれば、王太子とその妃、次にキール、その後ろには護衛の姿があった。

「グリフィンが早すぎるんだよ。まだ、集合時間より前。ディアナ、おはよう。朝から、馬王子に付き合わされてんの? かわいそうに」
「おはよう、ございます……」

 どうにも早くから連れ出されているような気がすると思ったら、時間はまだまだ余裕だったらしい。
 キールがディアナの前に出た。昨日、ディアナが勝手に帰ってしまったあと、口をきいていなかった。少し、気まずかったものの、キールは笑顔でディアナの手を取った。

「昨日はごめんね。わたしのことを、もっとよく知ってからのほうがよかったみたいだね、恥ずかしがりやさんのディアナ。ますます好ましいよ。わたしはいつでも準備万端だから、決心が着いたら、いつでも飛び込んでおいでよ」

 ええ? ディアナは顔を見上げた。

「おいキール、喋ってないで馬を用意しろ。行くぞ」

 グリフィンの罵声に、キールは口を尖らせた。

「馬なんか、従者が適当にひいてくるだろう」
「なんだと。『馬なんか』だって? 馬に失礼な言い方はやめろ」
「馬は、馬だよ。わたしは、ディアナと愛を語るのに忙しいんだから。ねえディアナ」

 一同の目が、ディアナに集中した。

「愛? 愛なのか! 我が妃よ、キールとディアナは愛を感じているらしいぞ」
「わたくしたちと一緒ですわね、王太子さま」

 不穏な雰囲気を制したのはディアナだった。

「ま、まあまあ! 楽しい遠乗り、楽しみですわ。どこまで行くのですかっ」

 発言の内容は崩壊していたが、気を逸らすことはできた。お客さまの立場のディアナがなぜ、おろおろしなくてはならないのかと心で嘆きつつ。

「コンフォルダ宮殿まで行くつもりだ。馬で、初心者の姫さんなら、それでも、一時間はかかるまい」
「初心者ではありません」
「初心者みたいなものだろ。俺が先導する」
「ディアナ、わたしの馬に同乗してもいいのですよ? 王太子は、ふたりで乗るらしいですし。アカツキは牝馬だけど、根性があるよ」
「キールは黙ってろ。姫さんは、俺の馬にひとりで乗るって言ったんだ。乗らせておけ」

 まるで子どもの喧嘩。妃とのいちゃいちゃに余念がない王太子も、止めようとしない。

「あの……私、せっかくですから、自分で馬に乗りたいの。王さまがお貸しくだされた乗馬服やブーツも身につけているし。キール、また今度、乗せてくださるかしら」
「そ、そう? ディアナ、じゃあ次は絶対ね」

 キールを持ち上げると、機嫌が直った。従者がひいてきた馬に、キールはひらりと乗る。こちらは明るい芦毛。正真正銘、白馬の王子さまだ。絵になる。

「すてきです、キール」
「グリフィンが嫌がる芦毛。でもいいでしょ?」
「芦毛はだめだ。草原や荒地での戦場では、目立ち過ぎる。俺が、厩舎では芦を排除しているっていうのに」
「あー、はいはい。でも、たまには芦毛の馬が生まれてくることもあるでしょ」
「ああ。懸命に血統や配合を考えても、どうしたってたまには出てくるね。そういうのは、厩舎に置かない。売ってしまう。軍馬に相応しくないから」
「こいつは軍馬じゃない。愛玩用のペットみたいなものさ。グリフィンは遊びが少ないよ、それっ」

 馬の腹を蹴り、合図をかけたキールは門の方向に向かってゆっくりと進んだ。

「まったく、困ったやつだな。人の話を聞こうともしない」
「芦毛がお好きなんですね、きっと。それに、キールによく似合っていますよ」

 遠ざかるキールの後ろ姿を眺めながら、ディアナは笑顔でつぶやいた。

「もう、名前を呼び捨てか。仲、いいんだな。キールと」
「……えっ」

 意外だった。馬以外、関心がなさそうだったのに、グリフィンはディアナをじっと見ていた。

「だって、キールがそう呼ぶように、って」
「あいつと、名前で呼び合うなんてよ。キールは一見、人なつっこいが目の奥が笑っていない、難しい性格の持ち主なんだ。極度の寂しがりやだし。王太子も驚いていただろう、お前にならキールを任せられるかもしれないな。さて、王太子夫妻も準備ができたようだ。行こうか」
「待って、グリフィンさま」

 ディアナの反論も聞かずに、グリフィンは自分の馬に乗った。朝の陽に当たった体が、きらきらと黒光りしている。
 見とれていたら、遅れをとってしまった。グリフィンは俺について来い的なことを宣言したくせに、堂々と置き去りにするとは。ディアナは慌てて従者に手伝ってもらい、貸し出された馬に乗る。

「よろしくね、タロット」

 タロットも、常々慕っているグリフィンと離れたくないのだろう、駆け足で王子の後を追う。ディアナはバランスを失いそうになったが、なんとか持ちこたえた。タロットの首筋をやさしく撫でる。体は栗色なのに、たてがみや尻尾の毛は鮮やかな金色で、ゆるやかなカールが入っている。

「タロット、お願い。初めてだから、もうちょっと慎重に進んで。置いて行かれないように、私もがんばるけれど。グリフィンさま、待って!」

 思いっきり、ディアナは声を張り上げた。
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