この手を掴んで、離さないで〜猫被り令嬢は素直になれないようです〜
猫被り令嬢は素直になれないようです
「私、婚約を破棄してきましたの」

 言って、目の前でぽかんと口を開ける少女に向かって笑ってみせた。
 出会った頃は女狐と――そして今では唯一友達と、そう呼んでもいいかもしれないと思える子。

「待ってよ。破棄って、どうして急にそんな」

 彼女の澄んだ、心を見透かすような大きな瞳から視線を逸らす。

 ……やめて。

 いいのよ。私はもう決めたの。自分勝手で奔放で、こちらのことなんてちっとも考えもしない。あんな奴に振り回されるのなんて、もういい加減懲り懲りなの。

「どうせ気にするのは一瞬だけ。私のことなんて、すぐに忘れるわ」

「アマルダ」

 気遣うような声に、心の内を吐露してしまったことに気がついてはっとした。何かを言おうと口を開けた少女を首を振って遮る。

 脳裏にちらついた金の光を急いで黒く塗り潰した。

 早く、忘れるの。簡単なことよ。
 どうせ、どうせ……本当に好きだったわけでもないのだし。

「いいのよ。私には貴女がいるもの、ね。そうでしょ?」

 努めて軽い口調で冗談ぽく囁いて、もう一度にっこりと微笑む。笑うのは得意だ。この世界で生き抜いてきた自分の武器だ。

 それなのに。
 眉根を寄せて、傷ついた捨て猫をいたわるように。そうっとこちらをうかがう少女の表情に、ちゃんと今自分が笑えているのか。

 ほんの少しだけ、心配になった。
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