この手を掴んで、離さないで〜猫被り令嬢は素直になれないようです〜
「はぁ……」

 盛大にため息をついてから視線を上げる。と、人影が見えたので飛び上がった。今更逃げられそうな距離ではない。優雅にお辞儀でもして足早に立ち去るのが最善だ。

 角を曲がってきた人影に、先んじて腰を折る。綺麗に笑顔をつくる。表情を貼り付けるのは得意だ。この社会で生きている中で苛立つことが多かったから、それを顔に出さないようにすることばかり上手くなってしまった。

「ご機嫌麗しゅう、ございま、す……」

 思わず、口を半開きにしたまま固まった。

 こちらを見ていたのが赤い瞳だったからだ。久しぶりに見るとよりその異質さがわかる。しつこく金と碧ばかりに囲まれた城で、あまりに場違いなあかいろ。

 唐突に現れた、鮮烈なまでに濃い赤。

 それはまるで、段々と狭まって窮屈になっていく鬱々とした自分の世界に、何も知らず幼かったあの頃のまま唯一残された自由のようで。

 思わず、見蕩れた。

「不愉快でしょうが御容赦を」

 ぼうとしていると突然そんなことを言われたものだから、声をかけられた驚きとその内容とに思わずあとずさる。
 不愉快とは、と一瞬考えて、瞳の色のことかと思い至る。初めてきいた声がそんな言葉だったということに胸が痛んだ。

「い、いいえ。不愉快などということは、決して。こちらこそ、不躾な視線を注いでしまい申し訳ありませんでした……グイード殿下」

 覚えている。忘れるはずもない。その名をきいたのがたった一度きりだったとしても。
 
 名を呼ばれたことにか、それとも言われた言葉にか、ほんの少しだけ王子は眉を上げた。

「覚えていらっしゃったのですね――」

 少しの間を開けて閉じられる唇。私の名を呼び返そうとしたように感じた。結局それをしなかったのは、ただ単純に躊躇したのか、もしくはそもそも私の名前など殿下には覚えられていなかったのか。

「……あの。殿下は、私のこと、覚えていらっしゃいますか……?」

 つい訊ねてしまってから、返答が怖くて言葉を継ぐ。

「殿下の、い、許嫁だったものです。アマルダ・ティアツェルタと申します。以後、お見知りおきを……」

 わざわざ、自分から過去のことを持ち出した。それで思い出してくれればいい、と思ったから。たとえそれが、恨みであろうと憎しみであろうと、無関心よりはずっと良かった。

「ええ、お噂はかねがね。義弟の婚約者を無下にはできませんから」

 それなのに殿下は、あの頃と同じ、恐ろしいまでに感情のない瞳で言う。紅玉の如くうつくしいだけに、それが更に痛々しく感じられた。

 少しも動揺したした様子も見せず、淡々と彼は頷くだけ。
 当然のことだが、自分はどうとも思われていないのだと思い知った。いや、かつて目の前で自分のことを侮辱した男の娘であることを考えれば、酷く心の広い対応だ。

 わかっている。わかってはいるけれど。

 全てを諦めたように翳った目が、どうしても……哀しくて。

「そ、うですよね。申し訳ありません、お時間を取らせてしまって」

「いえ」

 ゆるやかに首を振って、グイード殿下は呆気なく離れていく。微塵も躊躇いはなかった。金の髪が揺れる、その後ろ姿だけをこうして見れば、彼が浮いた存在だということはわからない。

 その金が見えなくなるまで目で追って、振り切るように踵を返す。息抜きにと思って出てきたはずなのに、気がつけば浅く呼吸を繰り返していた。
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