幼い私は…美人な姉の彼氏の友達の友達に恋をした

12、最悪の登場


 
 お姫様の部屋のようなトイレで化粧直しを完了した陸は、気合いを入れて席に戻る。

 この気合いは何かというと、バイキングへの食についての気合いだ。

 フランスの宮殿と庭園のようで、トイレさえもお姫様の部屋みたいな女心をくすぐりまくる店なのだが、なにせ料金が高い。
本当に高い。学生の陸達にはまあまあ頑張る料金だった。


「おし、5800円もするんだから、沢山食べなくちゃ! どうせ私は華奢な女優さんやモデルさんには到底なれないんだから! 少しくらいお腹が出たって構わないよね!!」


 トイレを出ながら、気合い入る言葉を口にした陸。新たにトイレに入ってきた、少し年上の女性二人組みに笑われた。

 穴があったら入りたい。恥ずかしく地面を見ながら、テーブル席を目指す。

(私の馬鹿ー!!)


 眼下に盛り上がる胸と、ほんのり出た腹を見て、顔がさらに赤くなる。

 陸とて無意識で嫉妬はしていたが、本気で要と付き合えるとは微塵も思っていない。そこまで馬鹿じゃない。

 典子や美恵の言うように、スタイル抜群の美女軍団を常に見ている要の前で、プヨンプヨンの腹や腕や尻や胸…胸はぷよぷよでいいが、無様なそれを見せれる訳はない。

 万が一二人きり雪山で遭難したり、
万が一二人きりで無人島に流れついたり、
万が一…はありはしないが、
奇跡の万が一が起こり、要と男女の営みにもつれ込んだ瞬間、陸は逃げる。

 確信していえる!! 逃げる。そりゃ全速力で逃げる。


「…要さん、めちゃくちゃ綺麗だったもん…美術彫像ばりの肉体美だったし…。
 エッチは絶対やだけど、デッサンはしてみたいな…後ろ姿も綺麗だろうなぁ…」

 ぽつんと出た自分の叶わない願いに、笑ってしまう。




 実は一年ほど前に、要は一度だけモデルをした事があった。それは女性向けのファッション雑誌の表紙を飾るというものだった。

 すでに初版は瞬殺で見事になくなり、再版されても店に並ぶことがない程の売れ行き。

 それが報道テレビで取り上げられ、さらに売れるといった末恐ろしい状態だった。本来ならバックナンバーでも購入できるはずが、現在も再版されていない。

 その幻の表紙は、黒のピタッとしたジャージパンツを着用。

 かなり浅めラインのパンツを男性の象徴が見えるギリギリまで下げており、形良く割れた腹筋と印影が濃くついた腹斜筋が最高にエロい。

 もちろん裸足、上半身も裸の姿でベッドに気だるげに腰掛けながら、左手で前髪をかき上げているシーン。

 まさに今、目覚めましたと言わんばかりの絵面だ。


 本来なら夜を共に過ごした特別な間柄にしか、見れない超お宝な特別ショット!! 絶対に狙って撮ったに違いない。

 冗談抜きで目が眩むほどに神々しく。アンニュイな雰囲気が、さらに老若女から指示され、龍鳳寺 要=美男の代名詞 が定着した。

 爆発的に火がつき人気となった要だが、今も変わらず崇められている理由は二つ。

 一つ目は、要は俳優でもなければモデルでもない。龍鳳寺財閥の御曹司で、現龍鳳寺グループのトップであるから、私生活が何一つとして公表されていない。

 知らない方がファンは嬉しい。色々妄想ができるからだ。

 そして二つ目、これが最大の理由。要の女性関係が無いというものだ。

 テレビや雑誌の対談などで写真をとられ、それが如何にも的に流されるからか、女とのからみが多いように感じるが、実際の女性関係はゼロなのだ。


 三年前から陸一筋の要は、彼女に嫌われないように。
そして劇的に恋に落ちて貰えるよう、無駄に好青年を装っていて、女性関係はとくに最新の注意を払いながら過ごしていた。

 よってホテルに入った姿やキスシーン、抱擁シーンなど、どの雑誌もスクープ出来ていない。現在の清く正しい要を、スクープできなくて当然だった。

 そしてそんな幻の雑誌を、陸は持っていた。

 当時 陸もそれを喉から手が出るほど欲しかったが、ネットでも高額取り引きされ、ツテもない(書店店員と家族や友人など)陸は、その雑誌を見ることさえ叶わなかった。


 諦めていたある日、姉と義兄宅を清掃中に無造作に置かれた『噂』の雑誌を見つけた時、数分は雑誌の前で固まっていたに違いない。

 時間をはかっていないから詳しくは言えないが、まぁまぁの時間、硬直していたはずだ。

 その後、帰ってきた姉に。

『お姉ちゃん!!お姉ちゃん!! これっ、これっ、幻の雑誌!! どこで手に入れたの!?』

『あぁ、それ。涼介が要さんから貰ったんだって。中は先々月号のファッション誌だし、涼介も私も一度は見たから、次の廃品回収に出すつもりだったけど、陸がいるなら持ってかえりな?』

『いる! 欲しい!! この雑誌、めちゃくちゃネットで高く売ってるんだよ!!! 最高額は確か五万くらいだったよ!!!』

『へーそうなんだ。じゃあ陸も雑誌見た後、売りなよ。今出しても数千円くらいにはなるんじゃない? 欲しい服があるって言ってたよね、売ったお金を足しにして買ったらー』

『……うん、ありがとう。そうする(絶対に死んでも売らないけど)』

 と、まさに偶然の奇跡で手に入れたのだ。




 ふと昔を思い出して、さらに溜め息が出てくる。無意識でも要の隣に立つ女性へ嫉妬心を燃やした、自分の間抜けさが笑える。


「こんな身体を見せれないわーあはははー」

 開き直って から笑いをする陸を、席に着き紅茶を飲んでいた典子が即座に反応し、突っ込む。


「ちょっと陸ちゃん、奇妙な独り言を言いながら歩かない方がいいよ?」

「典ちゃんのいう通り、かなり恐いよー」


 二人から至極まっとうな意見をもらい、先程綺麗なお姉さん二人組に笑われたのを思い出した。

 それからは若い学生の本領発揮。一人は荷物番で、残りの二人はもう一度軽食から取りなおす。

 一度軽食からデザート、そして紅茶まで行きついたが、またそれを最初から繰り返す。

 見栄えは美しくだが、白い皿の底が見えないほどに盛り付け、それは三人の乙女らの胃袋に綺麗に収まっていく。

 最後のデザートを食べ、陸、典子、美恵の三人の胃がぽこっと出たくらいで、食事は終了となった。


 食事は終了したが、まだ紅茶は飲める。そう三人はまだ胃袋に入れるつもりだった。

 【ジョリ】には沢山の種類の紅茶があり、この店のウリでもある。お腹がいっぱいになったからといって、帰りはしない。

 誰も何も言わないが、そこは暗黙の了解。三人はラスト20時、閉店までいる気でいた。


「はぁー食べたねー」と典子が、
「食べたよねー」と美恵が、
「お腹、痛いね、幸せな痛さだよ」と陸が、

 幸せに浸る。もう食べれないから、後に動くのは口のみだ。


 後30分ほどで閉店する店内は、人がまばらになっていく。

 ほぼ満員の先程よりも声が響く。入り口から一番遠い、店の端の窓際に座る陸達には、店の入り口付近の声や音は悲しいかな拾えない。

 よくよく耳を澄ませば、店内にいた女性達の黄色い声が聞こえたかもしれないが、お喋りを何より楽しんでいる女子三人が、遠くで騒めく声を拾える訳はなく。

 この場にいるはずのない人が登場し、拗れまくった関係をさらに拗れさす事件へと発展させるのだ。

 シャルロットがいうように、人の恋路に首を突っ込むものではない。ないのだが、やはり要は陸に対してだけ運が悪かった。




「ねえー陸ちゃん、合コンしようよー。私、セッティングしてあげるよ?」

「合コンかぁー、そうだな、したい!! 典ちゃんは男友達多いし、いい人いるかな?」

「いいよ、いいよ! 陸ちゃんも典ちゃんに紹介してもらったらいいんだよ!
 私も典ちゃんに紹介してもらって、今の彼氏と付き合えたんだから」

「おし! で。陸ちゃんは今後は、どんなタイプのメンズを好きになる?」


 暗に「要さんみたいな人がいい」と言うな、と言う本音が見え隠れする。陸だって要みたいなパーフェクト人間が、そうそういるだなんて思っていない。

 要が無理ならと、妄想を口に出した。たっぷりの幻想を抱きながら。

 まさかその厚かましい〝願い〟を要本人に聞かれているとも知らずに。


「私の好きなタイプは、涼介さん!! あっ、もちろん涼介さんみたいにイケメンじゃなくていいの。
 なんて言うか、雰囲気が涼介さんみたいな人がいいなって。優しくって一途で、穏やかで、浮気しない、笑顔が素敵な人がいい!! 涼介さんみたいな人を紹介して欲しいな」

 力説して語った陸。

典子の返答を待つが、いつもなら瞬時にくれる言葉がなく、何故か陸の頭よりさらに上辺りを見て、呆然としている。

それは美恵も同じで、不思議が広がる。


「うん?」陸が感じた疑問は、かなり静かなになった店内と結びつけられ、恐くなる。

 典子と美恵が見つめている辺りを陸も見る為、身体をひねり背後を見る。

 視界に入ってきたのは、仕立てのいいスーツ。見覚えがある。それは見覚えがあるはずだ、今朝見たのだから。

 ゆっくりと顔を上げていくと、そこには圧倒される美貌の、龍鳳寺 要が立っていた。

 陸をひたと捉えている珍しい色合いの要のシルバーブルーの瞳は、陸を見据えたまま動かない。

 あまりにも整った要の顔は、全くの感情が読めない。表情が無くなると能面のようで、まさしく美術彫像だ。


「…………要…さ…ん?」


 ひっくり返った陸の声が、静かになった店内に可愛らしく響いた。


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