遅咲き鬱金香(チューリップ)の花咲く日
「では、源清流門下生についてお話しようか」などと、その日は詳しいお話となった。
源清流門下生は何名か居て、一人、唯一の女子である門下生は事情があって少々休暇の状態になっているのだと源清先生は言った。
女の子の門下生もいらっしゃるのね。
金香は思ってちくりと胸が痛むのを感じた。
門下生も通いの者が多いらしい。高等学校へ通っていたり、家が近いために内弟子に入るまでも無いという理由だと言っていた。
木曜日は弟子の添削に使うことが多い、と言っていた源清先生であるが、それは高等学校へ出向いたりすることもある、という理由もあったそうだ。そしてそれは大抵午前中なのだと。
午後はこの自宅へやってくる門下生の添削をしたりして過ごすのだと言われた。
「校長先生にもお礼を申し上げないとね」
内弟子のお話をお受けして、細々とした色々が済み、あとは引っ越しばかりとなった頃会いに源清先生は言った。
金香は寺子屋の仕事を完全に辞めることは無かったのだ。毎日のように通っていた今までとは違い、週に三日ほど通うことになっていた。
寺子屋を卒業したときから、今まで長いことお世話になっていたのだ。散々お世話になっておいてすっぱり辞めてしまうのも躊躇われたし、それに内弟子になったとはいえ、常に文を書いていられる身分でもない。
『仕事』として出掛けることも良いと思ったし、今までよりさらに減りはするものの、お賃金もいただける。内弟子として食事などは供されると聞いたが、寺子屋からのお金で自分の身の回りのものくらいは揃えられるであろう。
金香の「内弟子に入ることになりましたので……」という相談に校長は少し渋った。
勉強を教える者が減ればそれだけ子供たちへの指導の質は落ちることになる。そのくらいに頼られていたことは嬉しいのだけど。そこを交渉してくださったのは源清先生であった。
「内弟子とはいえ、常に拘束しているわけではないのです」
「門下生たちも、高等学校へ通ったり家の仕事を手伝ったりして、いくつかやることを掛け持ちしております」
「巴さんも、そのようにしていただければいかがでしょうか」
など。
自分のためにわざわざ出向いて校長と交渉してくださったことが、金香は嬉しかった。それだけ自分を弟子にと望んでくれているのだと感じられたので。
結局、毎日のように通っていたところを週に三日程度まで減らしてもらうことで、交渉は成立した。
寺子屋への通勤はそれほど大変ではない。
金香の暮らしていた家と、源清先生のお宅のある場所に挟まれている『町』のはずれにあるのだ。源清先生のお宅から家へ毎日帰ることを考えればずっと近かった。
内弟子に入ることも、寺子屋の仕事をどうするかについても、そして家についても(これは父親に「好きにしろ」と言われた時点で九割方話がついていたのであるが)かたがついた。あとは引っ越しばかり。
物心ついてから大規模な引っ越しなど初めてであった。
「弟子たちにも手伝わせよう」などと言われて、恐縮しつつも金香はお言葉に甘えた。
引っ越しのために荷物もまとめた。
出来る限り荷は減らそうと身の回りのものも少し整理した。服や小物はどうしてもある程度の量になってしまったが。
これからの生活は愉しいかしら。
好きな文を書いて暮らせるなんて、愉しいに決まっている。
着物を丁寧に畳みながら、金香はこれからの生活に想いを馳せた。
このようなこと、まったくあとから考えれば、馬鹿のように無邪気すぎることだった。
源清流門下生は何名か居て、一人、唯一の女子である門下生は事情があって少々休暇の状態になっているのだと源清先生は言った。
女の子の門下生もいらっしゃるのね。
金香は思ってちくりと胸が痛むのを感じた。
門下生も通いの者が多いらしい。高等学校へ通っていたり、家が近いために内弟子に入るまでも無いという理由だと言っていた。
木曜日は弟子の添削に使うことが多い、と言っていた源清先生であるが、それは高等学校へ出向いたりすることもある、という理由もあったそうだ。そしてそれは大抵午前中なのだと。
午後はこの自宅へやってくる門下生の添削をしたりして過ごすのだと言われた。
「校長先生にもお礼を申し上げないとね」
内弟子のお話をお受けして、細々とした色々が済み、あとは引っ越しばかりとなった頃会いに源清先生は言った。
金香は寺子屋の仕事を完全に辞めることは無かったのだ。毎日のように通っていた今までとは違い、週に三日ほど通うことになっていた。
寺子屋を卒業したときから、今まで長いことお世話になっていたのだ。散々お世話になっておいてすっぱり辞めてしまうのも躊躇われたし、それに内弟子になったとはいえ、常に文を書いていられる身分でもない。
『仕事』として出掛けることも良いと思ったし、今までよりさらに減りはするものの、お賃金もいただける。内弟子として食事などは供されると聞いたが、寺子屋からのお金で自分の身の回りのものくらいは揃えられるであろう。
金香の「内弟子に入ることになりましたので……」という相談に校長は少し渋った。
勉強を教える者が減ればそれだけ子供たちへの指導の質は落ちることになる。そのくらいに頼られていたことは嬉しいのだけど。そこを交渉してくださったのは源清先生であった。
「内弟子とはいえ、常に拘束しているわけではないのです」
「門下生たちも、高等学校へ通ったり家の仕事を手伝ったりして、いくつかやることを掛け持ちしております」
「巴さんも、そのようにしていただければいかがでしょうか」
など。
自分のためにわざわざ出向いて校長と交渉してくださったことが、金香は嬉しかった。それだけ自分を弟子にと望んでくれているのだと感じられたので。
結局、毎日のように通っていたところを週に三日程度まで減らしてもらうことで、交渉は成立した。
寺子屋への通勤はそれほど大変ではない。
金香の暮らしていた家と、源清先生のお宅のある場所に挟まれている『町』のはずれにあるのだ。源清先生のお宅から家へ毎日帰ることを考えればずっと近かった。
内弟子に入ることも、寺子屋の仕事をどうするかについても、そして家についても(これは父親に「好きにしろ」と言われた時点で九割方話がついていたのであるが)かたがついた。あとは引っ越しばかり。
物心ついてから大規模な引っ越しなど初めてであった。
「弟子たちにも手伝わせよう」などと言われて、恐縮しつつも金香はお言葉に甘えた。
引っ越しのために荷物もまとめた。
出来る限り荷は減らそうと身の回りのものも少し整理した。服や小物はどうしてもある程度の量になってしまったが。
これからの生活は愉しいかしら。
好きな文を書いて暮らせるなんて、愉しいに決まっている。
着物を丁寧に畳みながら、金香はこれからの生活に想いを馳せた。
このようなこと、まったくあとから考えれば、馬鹿のように無邪気すぎることだった。