密偵をクビになったので元主のため料理人を目指します!
「ですが入れるのは久しぶりなので、あまり美味しくはないかもしれません! 水よりは幾分かましだと思うのですが……あの、本当に、口に合わなければ無理はなさらないで下さい!」

 こんなことならもっと練習しておけばよかった。湯を沸かしながらいくら後悔しても遅いけれど。

「まさか、君が入れてくれたんだ。喜んで飲ませてもらうよ」

 美味しくないかもしれないのに、ありがとうと言ってくれた。それも嬉しそうに。
 まだ飲んでもいない。とてつもなく渋くて苦いかもしれないのに、それでもいいと言ってくれた。
 緊張で強ばっていた身体が温まっていく。
 けれどあまり広くはない室内には再び沈黙が落ちた。湯が沸くまでの時間は静かに過ぎていくのだろう。そう思った矢先のことだ。

「サリア」

「はい」

 用意されていた茶葉を選びながら主様に答える。

「聞いていい?」

「なんなりと!」

 まるで昔のようなやりとりに口元は自然と緩んでいた。訪ねられて、報告をして。まるで昔に戻れたようで嬉しかった。

「今まで訊いたことはなかったけど、君は俺のことをどう思っているのかな?」

「お慕いしております!」

「即答?」

 本当にいいのかと主様は聞き返すので、当たり前だと私は熱を込めて語った。

「主様は本当に素晴らしいお方です。判断力に優れ聡明で、振る舞いは高貴な身分に違わない優美さ、そして何より、密偵である私にも心を配って下さいるような優しさをお持ちです。そんな人を慕うのは当然のことで、そんな主様だからこそ、主様のためなら私は命をかけることが出来ました。本当に、本当なんです!」
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