【短】Crazy For You


何度も名前を呼んでみるけど、一向に嫌がったままでオレの首から顔を上げようとしない水美に、出来るだけ優しく、そしてほんの少しだけトーンを落として。
起こし上げて背中を撫でながらもう一度だけ名前を呼ぶと、ゆっくりと恐る恐ると言った感じで顔を上げる。その顔は見た事がないくらい悲しそうに歪んでいて、それだけで、胸が痛くなった。



「そんな顔して…『なんでもない』、だなんて言わないで?」



両肩に手を置いてオレがそう言うと、何かに怯えて激しく動揺している水美は、オレから少しだけ体を離した後、そのまま下を向いて口唇を噛み締めてしまう。
そう言えば朝から様子がおかしかったかもしれない。
二人で眠っていたはずのベッドなのに、オレが起きたら先に水美の方がリビングにいたから…。
なんとなく理由を問えるような雰囲気じゃなくて、今の今までそのままにしておいたんだけど…。
どうして、こんなに傍にいるのに、オレを見つめる水美の瞳は遠くを見るように儚げなんだろうって、…そうずっと考えてたんだ。


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