月夜に花が咲く頃に
6.ヨル

――――市原浩(いちはらひろ)



その人は、ほんとに不思議な人だった。



時間は、数年前に遡る――・・・・・・。








「お母さん、この食器ってこの棚でいいの?」


「あら、ええ、そこの棚よ。お手伝いしてくれてありがとね」


「お、雫はいつも偉いなあ。またお母さんのお手伝いしてくれたのか」



隣で食器を拭く母は優しく笑い、仕事帰りでキュッと結ばれたネクタイを緩める父は、もう片方の手で私の頭を撫でる。


私はその母と父の仕草に、ほっと胸をなで下ろした。



端から見たらなんてことない、幸せそうな普通の家族。


でも、私と両親は、血が繋がってないただの他人だった。



私の本当の親はこの二人の学生時代の友達らしい。


私は八歳の頃、ここに預けられたのだ。



『弱いやつは、必要ないんだ』



ここに預けられるとき、私の本当の父親がそう言っていた。


つまり、捨てられたのだ。


今の親はとても優しくて、とても温かい家庭だと思う。


それでも、だからこそ、私はまた捨てられるのが怖かった。


だからいつも神経を張り巡らせて、どうしたら両親が喜んでくれるのか、どうしたら嫌われないでいられるか、そんなことばかり考えていた。


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